消えないで:5題

消えないで:5題



消えないで5題


1.おとうさん
2.友
3.愛する人
4.あなた
5.世界





1.おとうさん


恨んでいないと言えば嘘になる。憎んでいると断言しようとすれば、悔しいが強がりだと見抜かれる。だけど愛していると認めれば、置いて

逝かれた事実が突き刺さる。そして、尊敬しているとは胸を張ってもう言えない。

それでもアナタは偉大なひとだった。
皆が認めてる。きっと、あのころ誰よりも真実を見ていただけだった。
ただ、その重さを背負うだけの気持ちの強さが欠けていたのだ。

あなたはまったく万能な神様で、
強く、正しく、間違わない。
こどもだった自分の目標だった。

もし、最後の最後でみせたのが真実の姿だというなら。
いまでも心の奥底には、居場所はあるよ。そう、ただの父親として。










2.友


友達はもう要らないんですよ、イルカ先生。
一生の友達は、皆死にました。
だからあなたとは、違うものになりたい。
それ以外に、なりたくもない。










3.愛する人


昔は、生まれた日に関係なく、新年がくれば容赦なく年をとったのだ。
その方式でいくとカカシは今日で三十になる。この感慨深い事実を気にしていないのか、気付いていないのか。
元旦のカカシはのんびりと雑煮を食べて、正月を満喫していた。
同じく数えで二九歳になったイルカから見ても、カカシは男としても忍びとしても充実していて、まだ十分に若い。

――でも、三十路だ。
ふとその事に思い至って、今日であなた三十ですよ、と教えてやると、カカシは寝ぼけ眼で遠い国の言葉を耳にしたようにイルカを見返した。




イルカとカカシは、二十の半ばで恋人になり、ずっと一緒に居る。同棲を始めたのは一昨年の暮れだ。
イルカは、惚れたはれたの感情を男に抱くとは思っていなかったし、結ばれるまではかなりの紆余曲折もあった。いざ結ばれても、生活を共にする上での価値観の違いは男女のそれより同性な分、深刻だったときもある。でも、うまくやってきいた。好きだから。多分、お互いもう他のツレアイを捜すことはしない。


カカシは、見た目も若いし、あっちの方もまだまだ盛んである。元気すぎる。

でも、それでも、付き合い始めた頃に比べれば、お互いに確実に年はくっているなあ、とイルカは気付いている。
このごろイルカの髪には時折、白いものが混じりはじめた。
たかが、1、2本。
されど、1、2本。
だが、カカシは銀髪で目立たないのを除いても、まだ、そういった兆候もあらわれていない。
その差異は、イルカ先生が苦労性だからでしょう、と恋人はいうが、イルカはそういう年齢になってきたのだと早くから思っていた。
カカシはイルカが白髪でも、気にしないよ、と言う。それは色気のない、でも愛の言葉だ。

そして今日。


「白髪」


とカカシは唐突にイルカに言った。
心底情けない顔で、まるで懺悔するみたいに。
白髪、の指し示すところが一瞬わからずに、イルカは、ズズっと茶をすすりながらカカシを炬燵から見上げた。

(誰に?)
(俺に?)
 え、―――まさか?

きょとんとして、イルカが視線で問うと、カカシはその視線にひどくショックを受けた顔をみせた。
中忍官舎は狭いから、洗面所も小さな風呂場の隅に兼用でついている。
そこにカカシが入ってから、かれこれ15分は経っていた。ただ顔を洗いに行ったにしては長く、歯を磨いてるにしては5分以上経過しているし、やけに長い洗顔だなぁ、と気にはなったけれど、イルカは正月休み中だしアカデミーに出勤の日でもないので、はやくどけとせかす必要もなかったから放置していた。
そうしたら、肩を落として戻ってきて告げられた科白が。

「白髪です・・・」

カカシはもう一度すがるような眼差しでイルカの目をじっとみた。そんなことで縋られる謂れはないと思ったが、イルカは取り敢えず湯飲みを置き、居住まいを正して応じた。
相手は泣きそうな顔で、深刻だ。―――いやもしやこれは深刻違くて申告?

「ええと、カカシさん、要するに、白髪――が生えたんですか?」
「わか、若白髪が・・・」
「髪に?」
「髪と」

そこでカカシは黙り込んだ。髪、と――? 
と―――。
その続きは言わなくても分かった。察した内容を知らしめるようにイルカの視線がカカシの頭部から縦にゆっくりと下がっていく。臍の下の、「その部分」まで。

イルカの視線の行先に、カカシは恥辱に唇を引き結んだお堅い後家さんのような顔付きでイルカを睨み付けた。イルカは慌てて視線を上に戻す。いつもは重力に逆らっている銀色の柔らかい髪が、持ち主の意気消沈ぶりに呼応してか、ぺたりと寝てしまっている。


「や、そんなに落ち込むこともないでしょうに・・・」
「でも、オレ、あらためてあんたより先に年くうんだって思ったら!」

たかがひとつで大袈裟な。
殆ど詐欺のように見た目も体力も若いのだから、そんな心配、まださきでいいだろう。
イルカせんせい、年くった恋人っていやじゃないの?
と無言でおどおどとひとつばかり年上の恋人は視線で縋ってくる。

馬鹿だなあ。

あんたが気にしないよ、というのと同じ。
その臆病さえ、くすぐったいというのに。
こっちは老後まで面倒見る勢いで、同棲に踏み切ったのだ。
足がもげても、腕が千切れても、生きて側に居てさえくれてたらいいと思ってるのに、見た目の老化なんて気にする訳ないだろう。
もう、馬鹿だなあ。

(心配しなくても。三十路でもかわいいよ)
(あんたは俺のかわいいひとだよ)

その銀色のあたまのをやさしく撫でて言ってやろう。
そして今晩、下半身の方の、銀色の中に混じる白を、指先に絡めて、もてあそびながら教えてやろう、とイルカは思った。

きっとカカシは真っ赤になったあと、ソコの下にあるところも込みで元気になるに違いない。
困るけどイヤじゃない、とは教えたくないけれど。










4.あなた


あたまでいくら考えたって、どうにもならないでしょ。
頭が出した結論なんて、アンタの心がだした答えじゃないんだから。


カカシにそう言われたからだ。
―――だから、イルカはナルトに向き合えた。
教師の道を選んで、最初の壁にぶち当り、悩んで悩んで落ち込みのどん底だったころ。


憎むのか、愛するのか、虐げたいのか、守りたいのか。どうすればいいのか、どうしたいのか。
ナルトは教え子で、自分は教師だ。迷うことなど初めからなかった。
何をしたらいいのか、最初から道はひとつだった。

カカシのぽんと放った言は、それを自分なりに納得できるのに必要な「言葉」だった。
ナルトは九尾じゃない。
自分の教え子。それ以外の何者でもない。
そう思い至るのにイルカの努力だけでは踏み出せなかった、大切なきっかけだ。

「だから、あなたをすきになりました」

それをカカシが覚えてなかったとしても。
ふとした、他愛のないただの感想でしかなかったとしても。











5.世界


まるで、楽しい遠足に出かける子供のようだった。
彼は笑顔で眠りからイルカを起こし、朝霧のなかを手をひいて外にでた。

はやくはやく、こっちですよ。
ねえ、きて、こっちに。

ひどく浮き立った感じのカカシの声。猫背気味のカカシの肩から伸びた腕。しっとりと服を濡らす靄(もや)と、早朝の冷え込みと、明るく

はあるが、人気の感じられない小道を先導するカカシの手のひらの確かな温み。
うみのイルカがあの日のことを思い出すときは、いつも、そんな記憶の断片から始まった。


カカシさん、どこにいくんですか?
イイこと思いついたんです
いいことって、なんですか
とてもステキなことですよ、これでずっと一緒にいられる


白い額にかかる銀色の前髪。その下のイルカを映して優しく細められた青い瞳と紅い瞳。

 ―――でも、誰にもナイショなんです。

そう言って振り返ったカカシの顔をイルカはずっと忘れたことがなかった。
何度でも恋に落ちそうな、魅力的な笑みだった。
いとおしく思った。
共にある間はずっと。
数年後、彼が遠い空の下で命を落としたあとも。
そして、それから8年後。
イルカ自身が逝く瞬間も、おそらくは。











耐え切れない痛みだ、とナルト思った。
鉛色の雲が、雨を呼ぶ前に、すでに涙で前も見えない。

喪失の痛み。二度と帰らぬ人。そういった淋しさを緩和するものは時の流れにほかならなかった。
もしくは空いた穴を埋める何かだ。そんなものはない。だから、今は声も上げずに涙ばかりを溢れさせている。
イルカが死んだ。イルカが死んでしまった。どうやってその穴を埋めればいい? 今までの自分には、それこそが「イルカ」であった。誰と別れても、何を失っても、あのひとがいちばん効く薬だったのに。



大事な恩師であり、初めて仲間と呼んでくれたカカシを亡くしたときも、ナルトにはまだイルカがいた。
スリーマンセルの仲間達もいたけれど、彼らは等しく同じ立場だった。自分と同じ喪失の痛みを味わう者だった。初めてのかけがえのない「仲間」との永遠の別れに直面して、涙と一緒に地に崩れ落ちた少女と、得た絆を再び奪われた少年に、ナルトばかりが一方的な支えを求めるのは間違いだと知っていた。



何ももたなければ、失う悲しみなどない。
こんな酷い気持ちにはならずにすむ。


いつかのカカシの声が脳裏に木霊する。
それもまた真実だ。
ナルトは世界を睨みつけた。うるさく鳴る心臓に、押し潰されそうな違和感があった。こんなに弱かっただろうか。自分は。こんなにも無力だっただろうか。ただ静かに呼吸を繰り返すばかりで、この悲しみを処理しきれない。
どうしてこの世には、こんな苦しみが存在するのだろう。そして容赦なく何度もやってくるのだろう。この喪失感は、世界から切り離されたからだろうか。いいや、切り離されたのはカカシで、それからイルカで、自分達はとり残された世界で呆然と、ただそこに立ちすくんでいる。なんと、ちっぽけで、無力なことか。


取り返しのつかない喪失は、そこに至った過程の誤りばかりを浮き彫りにし、反芻させ、いつだって身近な者らに尽きせぬ後悔をもたらす。
助けられたんじゃないかと。なぜ彼を追いかけていかなかったのかと。あのときこうしていれば、と。どうしようもない後悔ばかり。


何ももたなければ、失う悲しみなどない。
こんな酷い気持ちにはならずにすむ。


けれど、それでも、持てるだけこの手に持ったほうがいいのだ。
自分たちは貪欲に、もてるだけ何かを掴んで生きるべきなのだ。
その為に、どんなに悔いや未練をもつことになっても。


大事なもの、守りたいもの、なくしたくないもの。両手いっぱいに欲張って持てというのが、死んだカカシから教えだ。言葉だけではなく、態度でも伝えられたことだった。


―――自分のからっぽの手を見ながら死にたくはないだろう?


そう言って、先に失われた師は、なにを掴んで死んでいったのか。
今の自分たちはその答えを知っている。
そう考えることは、確かに救いだ。
恩師の死の瞬間はきっと、からっぽではなかったに違いないのだから。


その教えは、死に逝く自分への保険。
忍びは里のために命を散らすが、だからといって最期の時に空っぽで死にたくはない。
カカシはきっと、カカシはきっと大丈夫だった、と子供たちはその最期を想像しては、指先で零れ落ちる涙を拭いさった。

カカシの存在もまた、子供たちが掴んだ腕の中のなにかだ。
それをもたなければよかったとは、泣いて泣いて、泣き叫んで3日食事を抜いたあとも、考えたりしなかった。







あの時と同じように、今、ナルトはイルカの手の中のものを想像しようと足掻いてみる。
きっと自分たちは、イルカと深く係わっていた者達は、立ち直るには時間が必要だろう。
カカシをなくしたとき以上に。


そのカカシがイルカにとって特別な相手だったというのは、死んだ後、それも一年が経過してからナルトは知った。遅すぎると自分でも思ったが、イルカの態度はあまりにも不自然だったのだ。特別な相手を亡くしたにしては、ただの悲しみの域をでない姿にみえた。だから気付かなかった。

―――それでも確かに悲しんではいたと思う。

ふたりの仲がいい方だと知っていた。しかし教え子を介しての多少の親交がある程度で、イルカは7班のスリーマンセル程にはカカシの死に動揺していないのだと思っていた。なぜならイルカこそが一番にナルトを励まし、慰め、支えてくれたから。


カカシは上忍で、亡骸は肉の一片も残さず任地で処分されている。
里に遺された者たちが彼を悼む縁(よすが)は慰霊碑の真新しい名前だけ。カカシを意味する文字が刻まれたそこだけ。だれの手にも公平で、カカシの死は里全体の痛みとなった。
自分たちの師が、里のものとして葬り去られ、思い出の分だけわんわん泣いた。ショックで悲観的だった自分たちは、悲しむ権利まで里に搾取された気持ちがした。
だが、イルカは泣かなかった。


―――なあ、墓参りは命日だから、「墓」には毎年きてやれよ?


イルカはナルトの目を深くのぞき込んでそんなことまで言っていた。気休めにナルトがカカシにしてやれることを示し、まだ一年が近く先の話をあげて、墓といった。―――墓、とはなんなのか。木の葉の里の忍びには、特定の一族を除いて墓はない。肉体の秘密を管理し守り切れないと里が危惧するためだ。歯のカケラ、髪一本ですら残すことは許されていない。
イルカがいう墓は慰霊碑のことだと思い、ナルトはカカシ先生はここにはいないってば、と憎まれ口を叩いた。カカシは遠い異郷で果てたのだ。もう二度と逢いには行けない。あの男は帰ってこれない。
知らない場所で眠りについた恩師の不幸を、ナルトは悔しがった。
イルカはそうだなと、ただぼんやりした調子で呟いた。彼がその時どんな顔をしていたのかは見ていない。


そのイルカが今日死んだ。
アカデミーで、生徒を庇って死んだ。そんな死に方、らしすぎて詰る気にもなれない。
教え子を守りきったのだ。悔いのある死に方ではないだろう。でも。
ナルトは、またも、自分から大事なものを奪った世界を敵のように感じていた。
孤独感に足が萎えそうになる。


教え子の自分ですら寂しさに負けそうなのに。
声も、笑顔も、手の温もりもイルカのことを何一つ忘れたくないのに、これから忘れる一方なんだって知ってるから、さみしくてたまらないのに。
―――どうして、かつてのイルカは、恋人を失っても平然と立っていられたのだろう?
死して刻まれカカシは里のものになった。

ただ喪っただけじゃない。
イルカのものではなくなったのに。
―――どうして?


その答えは、葬儀の夜にサクラがくれた。















桃色の髪を、少女時代と同じくらいに伸ばしたサクラは、朝もやのなか、アカデミー近くの並木道に立っていた。

「遅い!」

―――と、ジロリと睨んでくるその肩越しに見える黒髪の男もまた、無言で遅刻者を睨んでくる。
そしてその三人とも目が赤いのは、寝不足によるものだけではないはずだ。
ナルトは寝起きのハネ髪にばつが悪そうに、サクラとサスケから視線をずらす。

「・・・だっってさ、だってさ、待ち合わせが、ちょう早すぎねえ?」
「遅いくらいよ、あんたのせいで。予定をすぎてるわよ」

サクラに怒られ、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、ナルトは周りを見回すが、人影は皆無だ。そうか。遅いのか。かろうじてまだ、里は眠りの中だけれど。確かに誰かに見られては困ることをこれからするのだが。
夜は明けたばかりの、ほの明るい世界で、サスケ、サクラ、ナルトは、三人揃うと歩きだした。
まるで初めての里外任務に出た、あの日のように。
もう振り返れない過去の足取りを辿る旅路にでるように。


「俺さ、やっぱ、先生達のお隣さんがいいってばよ!」
「駄目よっ」
「論外だ」
「えー、何でだってばよ。一緒の場所がいいってばー」


三人の足元は、昔と違い、パンプスだったり、スニーカーだったり、里支給のサンダルだったりとバラバラだった。
だけど、足取りに迷いはなく、進んでいく場所も今日は同じだ。

「アンタ、そこは親離れして、二人っきりにしてあげなさいよ、もう大人なんだから・・・」
サクラが呆れたように、聞き分けないナルトの耳をひっぱった。
「イテっ」
「馬に蹴られたいならオマエ一人でやれ」
「えーーーーー? …痛い!痛いってばよー!」
眉をひそめたサスケに、今度は反対側の耳を引っ張られ、ナルトは二人掛かりで同じ場所へと誘導される。


並木道の、ある一本の白樺の木の前で行って、三人は歩をとめた。
その木は三人にとって特別な木だ。
その木の根元には、特別な秘密が隠されている。
三人並んで、一度顔を見合わせ、笑みを零した。


風が吹いた。強い風は三人の髪をなぶるようにすり抜けた。
―――すでに道は三人三様だった。


医療忍者として第一線で活躍するサクラと。
火影を目指して、上忍として腕の磨くナルト。
仲間二人の意地が実って、里に戻ってはきたものの、何かから切り離されたように外地任務ばかり志願してあまり里に帰ってこないサスケ。
互いの気配に、しっくりくるものよりも、懐かしさを覚えるくらいには年月は降り積もっている。

たぶん、もう道は交わらないし、お互いにそれで納得していた。
それでも、これで最後になる秘密の共有に、否やを言う者は居なかったのだから、どこかで互いを特別に思い続けるのだろう。胸のどこかで、この仲間達を想い続ける。


「―――ね、私達は別の場所にしましょ。先生達とはお向いになるの、あっちの方」
サクラがいつもの大人びた落ち着きに、どこか子供っぽさを滲ませて呟いた。
サクラが指さした木と、今居る場所にある木とを見比べて、ナルトはサスケを振り返った。
「サスケはそれでいいのか?」
「別にいいぜ」
「二人がいいなら、じゃ、俺も……いいってば、よ…?」

言葉にはまだ、ナルトの釈然としない気持ちがありありとしていた。
まだ不満そう、ファザコン、とからかわれながらも、三人は仲良く反対側の並木の木の元へいく。
そして、ざくざくとその根元の土を深く深く掘り返した。



 ――――秘密を守れる?
イルカを失って、ぐるぐると同じ場所から動けないでいたナルトに、昨日、サクラは囁いた。内緒の話は、里への背信だ。
 ――――サスケ君にはさっき話して来た。いつかは話そうって決めてたの。
だって先生の許可はもらってたから。
イルカ先生とカカシ先生の、秘密、守れるならあんたにも教えてあげる。



それは、今朝、三人が行っていることと、同じもの。
カカシとイルカは二人だけの墓をこっそりと作っていた。
死してのちはここで、共に此処で眠ろうと。

道の向かいの木の下には、二人の恩師の髪が埋まっていた。

それを聞いて、ナルトは、少し悔しくて、でも、うれしくて子供みたいに泣いた。
里に奪われた大事なひとたちが、ちょっとだけ取り返せたとわかったから。

だから、おなじように三人もこれから墓を作る。死して何も遺せない、遺してはいけない忍びだからこそ許されない禁忌だけれど。
ただの感傷ととられても仕方のない行為でも。
互いの亡骸の代わりに髪を埋め、死んだらここでまた逢おうという、約束の場所作りたいと強く思った。
今はもう二人だけで静かに眠っているであろう恩師達の行いを、その考えを、かつてのスリーマンセルは踏襲することに決めた。


 ――――イルカ先生はね、毎日、アカデミーに通いながらカカシ先生に逢ってたのよ。カカシ先生が死んだらここで待ってるって生前約束してたから。逢いにきてってねだられたから。慰霊碑じゃふたりきりになれないって、あのひとダダこねたんだって。だから、さみしくても、生きていけるんだってイルカ先生は言ってた。だって、毎日逢いにいってあげないといけないんだから。忙しいんだよって。


「カカシせんせいって、こどもみたいよね。イルカ先生を困らせてばっかりで」
サクラは、少女時代にカカシの遅刻を咎めたときみたいに仕方ないという呆れ顔をしたが、口元は綻んでいた。
「死んだ後まで我儘なひとなんだから」

 ――――きっとサクラとおなじようなことをイルカもぼやいていただろう。
でも、おそらくそれがイルカを生かし支えたのだ。
我が儘な想いで、イルカを死んだあとも堅く縛って、不安にさせなかった。ちゃんとイルカの心を彼が死すまで守ったと、今ならわかる。だから自分たちも、仲間を思い、墓をつくる。


 ――――なんでそんなこと知ってんの、サクラちゃん。
 ――――イルカ先生が教えてくれたの。もし、自分が死んで、ナルトが立ち直れそうになかったら、墓参りにきてもいいぞって。ナイショでね。


イルカは自分にことわりもなくいなくなって、でもサクラにはそんなことを言い置いていたなんて。おれがいちばんイルカのことを気にしていたのにあんまりだ、とナルトは怒りたい気持ちで、でも怒れるわけもなくて。あんまりだ、と思って。いつかイルカが言っていた墓参りとは本当に「墓」だったなんて思わなくて。混乱して。

秘密を打ち明けに来てくれた夜、サクラはそんなナルトに、黙って箱を見せた。
サクラの私物だろう。女物の小物入れ。
蓋を開いたら、髪が入っていた。―――桃色と黒の。
だから、ナルトも無言でクナイを握ると自分の髪を一束落として箱にしまった。しまうと悲しみも少しだけそこにしまえた気がした。
互いに泣き腫らした目だった。交わす言葉の合間に覗きあった瞳の奥に、言葉にしなくてもたしかに繋がる強固な意志のきらめきがあった。

だから、「あしたの朝、集合よ」と言われて何度も「うん」と頷いた。







風が吹いた。
昨日も、その前の日も。決断のときはいつだって。
今はもっと強い風が吹いて、世界が揺れた。

抗えない運命にも似た強い風は、自分たちをすぐにまたバラバラにするけれど。
誰かをまた、遠くへつれ去ってしまうのだろうけど。



もうすぐ、完全に里が目をさます。
またやってきた一日のはじまりは、そうしてどんどん大切な記憶から自分たちを先へ未来へ連れていく。いやがおうなしに。

靄を遠ざけ、新しい朝の光が、容赦なく秘密を白日にさらそうとしていた。いそげ、と風にせかされるまま子供たちは土を掘る。
朝もやが晴れるその前に、どうにか三人は、湿った土の下に冥い繋がりを埋め切った。

取り出せず、けれどなくならないもの。

箱に収められた三人の髪はここでずっと眠るだろう。
これから三人の仲間がどんな運命を辿ろうと。この繋がりだけは、ここに変わらずに在り続けるだろう。


「わたしたち、どこで道を別たれようと、たとえ、二度とあえなくなったとしても」

―――いつかここに帰って来よう。約束よ。

サクラが振り返って言う。土で汚れた指先で、いとおしげにもう一度地面に触れた。
ナルトも、サスケもその指に、触れる資格を己に問いつつ、どこか恐れを抱きながらも自分の手を重ねた。三人とも今はまだ生きている。懸命に生きようとしている手だった。それはあたたかくて、失った人達の温もりを思い出させるものだった。


イルカの言い分を、信じてみたい。
毎日そこでふたりは逢っていたのだと。

デート、と浮かれ調子で言うカカシの姿が見えた気がする。
――――カカシが、ちゃんと還ってきたように、ここをいつの日にか三人が還ってくる場所にしよう。



ふいにナルトの胸の真ん中で寂しいような、温いような、不思議な感慨がわいてあふれた。

ねえ、せんせい、おれのて、みてよ。おれのてのなかにあるもの。

ナルトは目を閉じ、恩師たちに懇願するように報告した。伝えたくて。教えたくて。子供みたいに、すごく聞いて欲しいとおもった。今すぐに。

満ちあふれた気持ちは、今はまだ、この深い悲しみを凌駕しない。
三人の共同作用は、やるせない喪失感への代償行為に似ていた。
胸が痛くて、狂いそうだし、さみしくてたまらないけれど。

もう、だいじょうぶ、という強がりは風がさらっていった。涙が頬をつるりとすべった。さらわれた気持は嘘だから、無理をして取り戻そうとは考えなかった。


いつか本当になる日まで。
そんな日がくるまでは。今は、まだ。






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