木の葉の里のオトナの神話




木の葉の里には、ある奇妙な慣習があった。いわゆる公然の秘密だ。
特定の姓をもった上忍が勝手に自宅にあがり込んでいても里人は文句を言ってはいけない。義務として受け入れなければならない、という不可解な決まりである。

その特定の姓を知っている者は知っているが、実は知らない者は全然知らない。忍びの里なので親が早くに死んで、ちゃんと伝えられてない場合が多々あるからだ。けれども決まりは依然として有効だ。それが里の定めた公的な法であるからだ。
知らないでいた忍びの里の住人は我が身に「慣習」が振りかぶってはじめて、それを認識することも少なくない。

曰く、我が物顔で出入りされても我慢しなくてはいけない。
曰く、上忍に勝手知りたるわが家面も当然の権利として認めなければならない。

そんな馬鹿なっ! と憤ることはゆるされない事情が、ちゃんとあるのだと上から説明されると誰もが呆気にとられる。
その意外にまっとうな理由にショックを受けるのだ。


「なんでアンタはそうなんですかっ!! 」


そう、侵入者に堪忍袋の緒を切ったイルカ(身分:中忍)もそんなひとりだった。

「アンタってひとは、毎晩毎晩ひとんちに勝手に上がり込んでーーー! 立派な自分ちがあるでしょう!? 帰れ!!! 即刻帰れ!!! いくら上忍だからって好き勝手する権利なんざありゃしねえんだっ。いい加減にしないと火影さまに訴えますからね!」

イルカの怒りには、不法侵入に対するものだけでなく、羞恥と貞操の危機へ恐れも含まれている。
なにせ、出会ったその日からイルカの家で勝手に寝泊まりをはじめたこの上忍、はたけカカシはイルカについて、「一目ぼれ?」と周囲に何故か半疑問形で語らう、超危険なオコトだからだ。言動を総合するとイルカを愛しているのだそうだ。
ちょっとドキリとさせられるようなキレイな顔で、彼女居ない歴25年のイルカにベタベタと纏わり付き、夜は家に勝手に上がり込む。どれだけ侵入避けのトラップを仕掛けようと、あっさり解除して訪問してくるのが中忍教師のプライドを傷つけ余計に憎らしい。
まだ体の関係はないものの、油断すれば食われる。そういう間柄だ。肉食獣と草食動物の関係に似ている。隙をみせれば最後だ、という厳然たる事実に、イルカにとって心休まらない日々が続いていた。


ひとりで寝ていても、いつのまにか上忍が同じベットに潜り込んできているのだ。そのまま忍びらしく寝首をかかれるならともかく、堅くなった何かを尻に押し付けられる恐怖で目が覚める。不眠も続くし我慢も限界だった。

上忍様に一気に叫びおえて、ぜいぜいと肩を上下させる息切れ気味のイルカに、カカシは、しばしの沈黙後、場に不釣り合いな笑みを浮かべた。それは怖いくらいにっこりと。
「あれえ、―――もしかしてイルカ先生・・・・知らないんですか?」
声は不気味なほど、静かな部屋に反響した。

「は?」
―――知らないって何をだ。とイルカは詰問してやりたいのに、何故か背筋に怖気が走って言葉がでてこない。
そんなイルカにカカシは怖い笑顔を向けてくる。
「帰れって言われても。だって、オレんち、ココですよ?」
 ここ、とカカシは指抜きグローブをはめた白い手で、何度もイルカの家の床を指し示した。

 ――――――――理解不能だ。
イルカは、かーっと頭に血が上った。

「何言ってんだ。此処は俺んちですっ!!!!」
「わ、本当に知らなかったの?」

わざとらしく、呆れたように問い返されて、イルカの頭は話が理解できず混乱する。何か裏が? と勘ぐりつつも、ぐっと拳を握りイルカは訴えた。

「・・・!? な、な、何言ってんですか。この家は俺のとうちゃんとかあちゃんが建てた俺の家です! 産まれたときから住んでんだ。決してアンタの家なんかじゃ・・・!!!」
「いいえー? ココは確かにオレのうちですよ。むしろ、ココもオレのうちってゆーか?」
イルカの反論を言葉を被せるように楽しげにカカシは否定した。その目が猫科の猛獣のようにきらめいているのは錯覚ではない。そんなカカシが笑顔で紡ぐ言葉は、内容がどんどんおかしくなる。少なくともイルカにとっては、おかしな、話で。

「・・・・・・アタマ大丈夫ですか」
「至ってマトモよ?」

疑ったイルカに、カカシは、愉快そうに笑った。
そして、おもむろにイルカの前で指を咬み切り、ベストのポケットから細い巻物を取り出すと、紐を解き慣れた仕草で宙に広げ、ちゃっちゃとその場で口寄せを行った。難しい時空間忍術を手軽にすまして呼び寄せたのは、バカっ広い木の葉の地図だ。どこにあったのかイルカの家の居間サイズの地図をその場に広げ、上忍はあらためて床をさした。

「この地図にのってる場所」
「木の葉の里とその周辺の山々半径30キロ……これがなにか?」
「うん。この地図全部が、オレの家です。オレの家は木の葉の里の中にあるんじゃなくて、オレんちの敷地内にこの葉の里がすっぽり入ってるの。――要するに、この里の土地は全部はたけのお家の名義なんですよー?」
「はいーーーーーっ!???」


絶叫した中忍に真実という名のむごい話を教えてくれたのは、翌日の火影様だった。


「・・・・・・事実じゃ」
「うそですっ!そんな馬鹿な!」

里で一番えらいひとは、愛用の煙管を灰皿にトントンしながら、もう一度繰り返した。

「本当じゃ。ここも、おまえの家も、アカデミーも、この里ぜーーーーーーんぶ、・・・・・・・・・・カカシの家のなかじゃ」
空耳ではなかった。
火影様は笠の下で、溜息まじりに投げやりちっくな説明をしてくれた。
「里はカカシの家同然じゃ」
「さ、里全体がカカシ先生のうち・・・・・・?」
「そうじゃ。里が丸ごと一個、カカシのうちの中に出来ておるんじゃ」
「そんな・・・・・・」

人生終わりがけの火影さまはそれで、いいかもしれないが、これからもこの里で生きていかなければならないイルカにとっては、はいそうですか、と納得できる話ではなかった。だって人生これからだ。
そんな荒唐無稽すぎる内情ってありなんだろうか。それじゃ、オレはあのひとの家のなかに勝手にすんでたということなのでは? てゆーか、この里に住む限り、たとえ引っ越ししてもカカシからは逃げられないってことになるのでは・・・? と恐ろしい想像にイルカが泣きそうになっているのに、火影様は容赦なく語り続けた。

「初代様が、里を作るときに、いい土地がなかなか無くてな。やっと見つけた場所がこの辺一帯だった。だがしかし、この場所はひとの土地であった。そこの地主が、つまり、はたけ家。カカシの先祖じゃ。はたけの家は、広大な土地を所有する大富豪の大地主で、この地に里を築きたいと申し入れした初代様に殆ど無償で土地を提供してくださった。が、名義は勿論、今でもはたけのモノであるし、この里自体がカカシのうち同然であるのは相違ないことよ。里のなかで自由にさせてもらう、とのはたけの希望は叶えると初代様が確かに誓約なされたのじゃ。
 ―――気のいいはたけの先々々代当主が、半永久的に貸与してくれておるので、里人のなかにはそれを知らんものも多いがの。好きに家も建てさせてきたし居住もな。だからまあ、お主の家も、カカシの家の一部と呼ばれても仕方がないんじゃ。だが、初代様の誓いを違えることはゆるされん――――――」

と、そんな惨い語りを最後まで聞かないうちに、精神的ショックで意識を失ったイルカを、どこからともなくあらわれた影が支えた。
その影は荷物のごとく中忍を軽々と抱えて、さっと姿を消した。尋常ならざるスピードだったが、その正体はもちろん火影護衛の暗部ではない。

護衛暗部がその影に意識を向け表にでてくるよりも早く、影はイルカごと煙のように消えた。
消えた影は「某上忍」の姿を火影にだけチラと見せて、嬉しげに「イルカせんせい、明日オヤスミね。動くの無理なくらい、コレから可愛がるの」と唇の動きだけで伝えてきたので。・・・・・・火影様は、無言でイルカの休暇届けに認印を押した。

(すまぬ、イルカ。明日は有給にしてやっとくからな、許せ)
もし、なんだったら明後日まで有給扱いじゃ、と、それくらいしかしてやれない火影は、初代様の誓いの前には無力であった。イルカがカカシから逃れる方法はもう里抜けしかない。


この、木の葉の里が、はたけの巨大なお家であるかぎり。
いくら里長の火影様といえども、某上忍の意向は汲む義務があるのだ。


はたけカカシがどこに住み着こうとも。
たとえその家の住人のベットに夜な夜な好きにもぐりこもうとも。
当然の結果、その住人に手を出しても。
たとえそのベットの持ち主が善良な中忍で、可愛いお嫁さんを望んでる男であろうとも。火影は黙認するしかないのだ。それが約束だから。
こうなるとそれが、人妻でなかっただけ、よかったといえなくはない。
イルカは恋人募集中の独身だ。

そう考えるには訳がある。実はそんな迷惑な前例があったのだ。
前「はたけ当主」のサクモも、かってに好きな女に夜這いをかけ、それはもう毎晩精力的にその女にばかり一途に通い詰めた。そうしてできたのがカカシだった。
ちなみにサクモは里の誇る上忍であったため大変忙しく、夜這いをかけた彼女がカカシを身ごもるまで一年近く、顔すらみせずにただ、夜にだけ抱きに通ったのだ。(里の一部の上層部では、木の葉の里版プシケとエロスの神話だとうらやむ声があがり、エロ老人達には大好評だった)

相手の女性とは、某大店の老主人の若い後妻であった。
人妻の彼女は年老いた夫とは交歓が絶えてひさしく、すでに褥も別けていた。
当初、彼女は、暗闇で自分を襲ってきた正体不明の男に脅えた。侵入者に襲われたようなものだから当たり前である。だが、相手が自分を欲しがって通い詰めるさまと、そのあらがえない力強さと、与えられる肉体の喜びに負け、最後は閨で生まれたままの姿で男を待つまでになったらしい。(カカシの実母はそれはそれはくノ一も顔負けボンキュッボンのナイスバディな美女であったから、その迎えられ方はサクモも男冥利に尽きただろう、と里の一部の上層部では、以下略)

そうして二人が熱心に愛しあった結果、子を身ごもると、サクモもようやく彼女に正体を明かし、女は夫と離縁してサクモのもとにきた。
だが、産後の肥立ちが悪くカカシを産んですぐ死んでしまったので、カカシはたぶん両親の犯罪的なれそめなど知らない。

―――知らないはずなのに、同じことを繰り返しているあたり、これもはたけの家のDNAのなせる業としか説明がつかない現象だ。

(だとすれば、そんな「はたけ」の男に惚れられたイルカの辿る末路も、カカシの母とかわらんのじゃな)

と、火影様は遠くを見つめて煙管を吹かした。
その予想は、きっと外れない。
かわいそうに、イルカも「はたけ嫁」まっしぐらだ。

あの血脈に連綿と受け継がれてきたしつこさと、意志を通す傲慢さと、閨房のテクニックは、このたびイルカに一点集中で注がれることが決定したのだ。・・・・・・多分、イルカもカカシにあんあん言わされているうちに嫁など欲しくなくなるだろう。
カカシの実母が顔もわからないサクモに溺れたように。
―――だって、血継限界かと疑惑が持ち上がるほど、床上手な血筋なのだ、はたけの家系は。


カカシが、はっきり可愛がると明言したからには、明日のイルカの休暇は確定である。衝撃に判断力の欠如した中忍を、この機会にちょうどいいからカカシは頭から食べる気だ。これまで手をださなかったのは、愛ゆえの思いやりではなく、単にカカシなりの「お付き合い期間」のつもりだったのだと、一応遠慮してやっていたのだ、火影はなんとなく察していた。お付き合いの進展には双方の同意が必要だ、などという常識は、カカシに限っては当てはまらなかった。
はたけの意志は、里の存亡に拘わらない限り絶対叶えなければならない掟だからだ。悲しいことに。



イルカにカカシが恋したのは、一応、不幸中の幸いかもしれない。
これで、カカシの代で、危険な「はたけ」は途絶える。
名実ともに、木の葉の里は木の葉のものだ。
そして今後、色悪で破廉恥な はたけのエロスの神様が、木の葉の里の婦女子を孕ませることだけは回避できたのだ。





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