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* おまけの話


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 噂話を盗み聞きするのは、教師としてよくはない。人としてもど
うかと思うが、この場合は仕方がない気がする。
  だって、話題が自分の恋人のことだった。


  教え子の現教官で、上忍のはたけカカシ。
  イルカとお付き合いを始めた、カカシさん。


  カカシは惚れぼれするくらい姿がいい。猫背だけれど顔がすこぶ
る良い。何でこんな格好いいひとがオレなんかを好きになったんだ
ろうと不思議なくらいだ。
  あの寝ぼけ眼で見つめられると、たちまち蕩けそうになる。
  そんなカカシはどうも自分の見目が良い自覚に薄いらしく、イル
カが褒めると擽ったそうに、困ったり、照れたりとかする。
  まるで、今まで褒められたことがなかったみたいに、とても嬉し
そうな顔をする。それが非常に可愛い。一つ年上の男であるのに。

 少し話を聞いたところでは、今までカカシの付き合ってきた女性
達は、揃いも揃って悪趣味な持ち主だったらしく、美的感覚もズレ
ていたようだ。あんな格好いい顔が、おかしくみえるだなんて可哀
想な話である。趣味の問題なのでそう見えるものは仕方がなかった
かもしれないが、カカシを傷つけたことに同情の余地はない。

  言っていいことと悪いことがある。
  いくらおかしく見えたからって、カカシさんにまでそう信じ込ま
せるとは。
  おかげでカカシは自分の顔がよくないと、今でも思ってる節があ
る。イルカが幾ら褒めても、イルカ先生がそう言ってくれるだけで
充分です、と何とも謙虚でいじらしいことを言う。

  ちがうのになあ。
  褒められ慣れない子供のようだ。
  イルカはよしよしと頭を撫でてやりたくなる。

  カカシとは恋人になりはしたが知り合って日も浅く、実はまだあ
まりよく分かり合えてない状況だった。
  それすらもたのしい毎日だ。
  そして、三人のくノ一が屋内の休憩所でその相手の噂をしている。
  行き擦りのイルカの足がピタリと止まってしまうのも道理だろう。

  廊下で立ち止まった中忍がいることくらい、忍びなのだから彼女
たちも察してると思う。でも牽制のそぶりはない。いや、気にすら
とめてないかもしれない。
  べつに聞かれてもかまわないようだ。

(だったらいいかな)

  声だって大きいし、イルカ以外にもそこかしこに人がいる。
  そもそも内緒話なら、外の木立にでも立ってするだろうし。
  いや、くノ一たちは美白に気を使うらしいから、仕方なくこんな
人目も耳もある場所でダベってるのかも。
 とにかくこれなら、聞こえても仕方がないよなと。イルカは運び
途中の巻物の山を、よいせと腕に抱え直した。
  ちょっとくらい、せっかくだから聞いていこう。

 窓からチラと三人の様子を伺うと、うちの一人が、カカシの元恋
人だと証言した。それは、たいへん興味深い。

「――ええ。そ、昔、付き合ってたわ」

 さらりと告げる左手の指には指輪が光った。どうやらすでに既婚
者らしい。
「何で別れちゃったの、勿体ない。元暗部よ?」
 彼女の右に座る女性がその話題に食いついた。
  ――元暗部。カカシさんはああ見えてエリートなのだ。その経歴
は確かに凄い。給料もよかっただろう。女性としては、恋人ひいて
は結婚を考えたい理想の相手かなあ、とイルカは想像してみる。お
まけにやさしいし。見た目までいいのだ。

  うんうん。納得だな。

  この程度の内容ならば別に嫉妬はない。嫉妬というのは概ね浮気
されたらするもので、日常出番のない感情だ。他人はどうか知らな
いがイルカの場合はそうである。今現在カカシと付き合ってるのは
自分なのだし、すでに別れた(理解しがたい趣味のひとりなのだろ
う)女性がカカシのことをどう語ろうと。
 興味はあっても、不愉快とかそんなことは。
  ちょっとそわそわしたけど、とイルカは苦笑いする

  ―――なのに、思ったそばから、とんでもない言葉がイルカの耳
に飛び込んできた。

「カカシと別れたのは、あの顔に嫌気が差したからよ」
「いやじゃない? 自分のオトコが、ガチャピン似なんて」
「ひとに笑われるもの」

  耳を疑う台詞だった。それが、つらつらと並ぶ。
 ――彼女は、あっけらかんと告げた。

「それにぼーっとした感じでしょ。有名な上忍なのに、期待したほ
どかっこ良くなかったの。つまんないわよ。まあ、確かに上忍だし、
あっちもよかったし、迷ったんだけど」

 肩を竦めた彼女に、両脇から、クスクスと忍び笑いが洩れた。 

「じゃあ私狙っちゃおうかなー」
「あ、なら私も。だって、アレはイイんでしょ?」
「まあね」
「だったらお買い得物件じゃない。床も上手な上忍の夫」
「いいわよ。でも、顔。ガチャピンみたいなのよ」
「バカね、真っ暗な閨ならどんな顔してようと問題ないでしょう?」
「適当に好みの顔思い浮かべて、我慢すればいいわよ」
「あ、それもそうね」

 そこまで呆然と聞いて、カッとなった。イルカの腸は煮えくりか
えった。バンッと盛大に音を立てて入り口のドアをスライドさせる。


「そういうことは! もう間に合ってますっ!!!」


 もはや特技の域に達する大声で、そう怒鳴った。
  窓ガラスが音波でビリビリ震えた。
  唐突な乱入者にくノ一達は、内容も行動も理解不能な表情をする。
  ポカンとする彼女たちをイルカは一瞥し、憤懣やるかたない気持
ちのまま、ピシャリとドアを閉じる。

  衝撃で巻物が落ちそうだった。
  そのまま大股でどかどか行きかけて―――イルカは、言い忘れに
気付いた。
  とても大事なコトだ。
 進んだ分をずんずんまた戻っていき、再びガラリとドア開く。
  くノ一達が、ぎょっとしてイルカを見る。

 その彼女たちに向かって、
 すうっと息を吸い込んで。



「カカシさんは、格好いいんですっ!!!!」



 先程よりもなお大きくキッパリ宣言し、唖然としたくノ一達を尻
目に、イルカはフンっと鼻息荒く扉を閉じた。そして巻物を運んで
しまわなければと、激高を振り切るように廊下を歩いた。  

 悔しい。カカシを馬鹿にされるのは、頭がどうにかなりそうなく
らい腹が立つ。自分の知らないところで、カカシがこんなひどい話
を聞かされてないだろうかと、そう胸が痛くなるから。

  本当に酷い話だ。
  真っ暗な閨ならどんな顔してようと問題ないだと?
  自分の恋人がガチャピンに似てたら笑われる?

  そんなの笑うほうがおかしいと、間違っていると、何故正そうと
しないんだ。勿論別に今更しなくていいが。それは最早イルカの役
目であるから。でも――何故当時してやらなかった。                 
 

  恋人が悪く言われたら、怒って戦うのが本当じゃないのか。
  そんなことはないと庇うのが当たり前じゃないのか。


  カカシさんは――きっと、今までちゃんと庇われたことがなかっ
たんだろう。だから、イルカがガチャピンへの勘違いや諸々のこと
で以前怒ったときに、あんな表情をしたのだ。カカシさんは。

  あんな、驚きに満ちた。
 形容しがたい、喜びにふるえた表情。

 
  馬鹿だなあ、とその時の顔を思い出してイルカの怒りもしぼむ。
  間違ってることは許せないだけだ。それだけだ。
  胸が詰まる笑顔なんて浮かべないで欲しい。
  そんなの当然のことなんだから。
  もうこれからは、ずっとそれが普通で、当たり前なんだから。
  その権利をきちんと甘受して欲しい。
 今まで与えられなかった分まで。ああ、いくらでも。
 

  そして、もし、悲しい目にあった時、イルカにそれを言わなかっ
たとしても。
  オレの知らないどこかでも。
  あのひとの前に積み重ねてみせる当たり前の努力が。
  オレの存在が、少しでも力になれるように。
  ちょっとでも、支えになれてたらいい。
  なりたい、と思う。
  そう願うのは当たり前のことなのだ。



  ―――カカシは、よくイルカを変わってると評するが。何かにつ
けてそういうけれど。イルカは本当に普通だ。普通のことしかして
ないつもりだ。何がカカシの目には特別に見えるのか知らないが、
イルカの思う、普通のこと、当たり前のことが、少しでもカカシを
幸せにしていたらいい。


 本当に、ただ、そう思うだけ。
  いつだって、願っているだけ。











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