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* おまけの話 2  (冊子から再録・お付き合い11日め)


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 ――カカシがあんまりソワソワしたものだから、とうとうバレて
しまった。
「なんですか? どうかしましたか?」
 と、イルカは首を傾げ、その都度、律義に理由を訊いてくる。
 
 隠し事があるの、絶対にバレた。





  大雑把なイルカ先生にも、これだけカカシが崖っぷちだと隠しき
れなかったのか。
 それともカカシが思わず、アカデミーの生徒がイルカに悩み事を
相談したい時と同様のシグナルを出してしまっていたか。だって聞
いて欲しい。でも、口にし辛い。そんなどっちつかずの悩みなのだ。
カカシの抱えているものは。先生はその辺は鈍くないひとだった。
 あのね、先生。ええとね。――言い出すまで待ってやるのも肝要
だとイルカは弁えてる。でもしつこく水を向けてやるのも忘れない。

「――オレには、言いにくいことですか?」
「ええと…」

 はい。言いにくいです。まずその返事からして、難しい。カカシ
は落ち着きなく何回も瞬きを繰り返す。

「カカシさん?」
「ええと…」

 ずいと身を乗り出して問いただしにかかってきたイルカに、カカ
シはつい反射的に明後日の方を向いた。さすがに白状しなきゃいけ
ないのは分かってる。そうだ。黙っていたって何の解決にもならな
い。話さなくては。いや、だが、しかし。
その歯切れの悪さに、イルカは不思議そうに首を捻り、そして埒が
あかないと踏んだのか、更に詰め寄ってきた。

「もう! なんですか、絶対何かあります! あるんでしょう? 
ちゃっちゃと吐いてくださいよ」
「え?」
「え、じゃありません。オレは三回同じこと尋いたでしょう。仏の
顔も三度まで。もうごまかされません!」
「イ、イルカ先生…っ 」

 たじろぐカカシの手を逃げられないようにガッチリ掴まえて、イ
ルカが目を据わらせて問いただすと、詰問より拘束の方が気になっ
てカカシは恥ずかしげに身じろぎした。

「カカシさんは、オレに言いたいことがありますね。何ですか。はっ
きり言ってください。何だって受け止めてみせますから、男らしく、
さあ、どうぞ!」
「……………」

 そこまで先生が言ってくれても、カカシはまだ口ごもる。 
  だって本当に言いにくい。いや、言うだけなら簡単かもしれない。
ただ、言ってかまわないのかの判断が、とても難しいのである。

「……隠し事ですよね? 言いよどむ理由ってなんですか? オレ
の乏しい想像力で、事例を挙げてみてもいいですか?」

 イルカは、えいやとシーツを払いのけ、隣に落ち着いて。

「――通常こういう場合定番なのはやはり、浮気、隠し子発覚、借
金です。浮気はカカシさんを信じているから却下。でも、もしも、
これから先うっかりしてしまった場合は殴りますよ。ちなみにオレ
もしてはいません。する気もないです。――次に隠し子発覚ですが、
それは隠しちゃいけません。堂々とすぐ認知してください。先方が
独り身なら父親不在は子供にとって悲しいことですが、できる限り
の努力で償っていきましょうね! 二人で! 選択肢にオレが身を
引くというのもあるでしょうが、あなたが好きなので、したくあり
ません。つまりその場合、道はひとつですから覚悟してください。
先に言っておきますよ。――それから借金。これはないと思います。
もし、あったとしても、見捨てたりしませんよ? 一緒に完済に向
けて計画を立て、然るべき人に相談をしましょう。以上です。ほら
何か問題ありますか? まあ全部ハズレだろうけど」

 スラスラと澱みなく、もしもに対する人生の指針、方針を示され
たカカシは呆気にとられた顔をした。イルカのはきはきした気性に
あてられたのかもしれない。捌けてる。イルカのそれは常にカカシ
の予想を遥かに上回って、はっきりきっぱりし過ぎてる。いいんで
すか、それで、とカカシの方が不安になる程だ。
  でも、どんな凄い事態に陥っても、一緒にいてくれると言われた
も同然で、カカシは寝ぼけまなこを嬉しそうに輝かせた。
 でも、またすぐ、不安げに曇らせる。でも、よくよくその顔をイ
ルカが覗き込めば、不安とも微妙に異なる色がある。違う、という
のにようやく気付いてもっとよく見ようとイルカが顔を近づけると、
その分カカシは後ろに後じさる。 
 べッドの上なんかでの攻防で逃げ切れるはずもないのに。

「何ですか? どうして逃げるんですか」
「だ、だって、寄られると…」

 言いよどんで、また視線を逸らす。

「近寄るのがどうして悪いんです。第一ここ、一緒のべッドじゃな
いですか――」
「イルカ先生っ、オレだって男なんですよ。察してください!」

 悲鳴をあげるようにカカシは叫んで、わっとシーツの中に顔を隠
した。左腕だけイルカにとられたまま――。
  イルカはポカンとした。

 ――カカシが男なのは今更念をおされずとも知ってる。
  イルカだって男なのだし。
 先日つきあい出したばかりだが、殆ど毎日一緒に夕食をとり、寝
泊まりもしている相手の性別をわざわざ念押しされる状況とは何な
のだろう。

  カカシは上忍で、アカデミー勤務のイルカと違って、難しいラン
クの任務や長期拘束されるものも受けざるを得ない。一緒に過ごせ
る時間はしぜんと限られてくる。いやじゃなければうちにきてくだ
さいとイルカは頼んだのだ。一緒にいたいです。
  カカシは、ハイと二つ返事だった。
 ――そうしてもう十日が経った。
  イルカは、何を察せと言われてるのか皆目見当がつかなかった。
「……カカシさん?」
「ハイ」
 困惑して呼びかけると、くぐもった返事はすぐ返る。取り敢えず
怒ってる訳ではないらしい。
  だったら恥ずかしいのかな、とイルカは推理してみた。
  根本的な考え方が違い過ぎるのか、カカシはイルカにしてみたら
不思議な理由や理屈で羞恥を覚えることがよくある。繊細なひとは、
人生がとかく大変だなあ、とよく思わされる。一応イルカにも己が
大ざっぱな自覚はあった。
  もしかして、と戸惑いながらイルカはカカシの手をつついた。
「あの、間違ってたら、すみません」
「…ハイ」
「カカシさんはもしかして、あれからずっと抜いてないから切羽詰
まってきてるんですか?」
 あんまりな質問に、だけどカカシの身体は、あからさまにビクッ
と跳ねた。
 …当たり。当たりだ。そうか。そういう話だったのか。――十日
前、カカシはイルカを抱いて。以来、毎日泊まって行くが、キス以
外に手を出そうとしていない。
 イルカはそれを疑問には思わなかった。やっぱり普通、好き好ん
で野郎と寝たいとは思わないだろう。いや、うん、好きでも。好き
だからあえて、とか。一般論として。長く忍びをやっていれば、色
々とそういう話だけは耳に入る。だったらカカシも性交渉は控えた
いクチなのだろうと。もしくは元から欲求の薄い人なのかなと。

  ―――べつに拒んでもいないのに、しなけりゃそうかなと思うじゃ
ないか。

「あ、すみません。気付けなくて」
 イルカが謝ると、カカシはいたたまれないという悲壮な顔をゆっ
くりシーツから出した。空気の気まずさくらい、イルカだって承知
してる。でもどうすればいいのか分からなくて、正直な気持ちを言っ
てみた。

「でも、どうして隠すんですか。そんな必要ないじゃないですか。
オレが拒むと思ったんですか? 確かにオレは毎日子供達と体力勝
負してるからか、そういうの発散されてるみたいで、ムラムラする
ことってあまりないです。でも、したくないとかじゃないし。カカ
シさんが望んでくれるならちゃんとしたいですよ?」
 いつもながら恥じらいに欠けるイルカの言い分に、カカシはこめ
かみを赤らめてぼそぼそ呟いた。
「…でも、イルカ先生、辛いんじゃないですか?」
「何が?」
「だって次の日、腰が痛いって」
  そうなのだ。仲良くするのはいいのだが、イルカは事後の体調に
実は時折顔を顰めていた。呻きは小さく、いたって軽い調子ではあっ
たのだが。
 イルカは実際には、尻が痛いなとか、足開きすぎて股関節が痛い
なとか、こんなに開いたこと今までなかったしなあとか。
 もっとあられもないことをあっけらかんと呟いてカカシをうろた
えさせたのだ。そんなことは勿論恥ずかしくてカカシは口にできな
い。――辛いことを強いるのは、いやだった。
「カカシさん…。オレが痛がったの、気にしてくれたんですか?」
  イルカは少しだけ顔を赤くして、まじまじとカカシの顔を覗き込
み。――そんなのいいのに、と嬉しげに頬をゆるめる。
「痛かったのは本当ですけど、だからって抱き合うことと引き換え
になるほどのもんじゃないです。オレがそれでいいって思ってなきゃ
最初から誘ったりしませんよ?」
「イルカせんせい」 
「馬鹿ですねえ。もっと早く言ってくれたらいいのに」
 イルカは軽く詰って、括った髪をときながら、ぎゅっとカカシの
首に腕をまわした。馬鹿だなあ。へんな遠慮はしないでいいんです
よ。怒ったみたいに囁かれて、カカシは慌てて抱き締め返した。
「それにね。ずっとしないでいたら、せっかく開いた部分が閉じる
じゃないですか。そしたら余計痛くなるし」
「イイイ、イルカ先生っ!」
  どうして恥ずかしくないんだろう。
 真っ赤な顔でカカシは手のひらでイルカの口を塞いだ。
「わかりましたっ。わかりましたから、もう黙って」
「カカシさんだって、もうさっきから勃…」
 イルカはカカシの動揺は意にかえさず、指をカカシの下半身にの
ばして更に不穏当な発言をしようとする。勃――? …勃ってるっ
て? そんなの言われなくても。知ってる。イルカが幾ら恥じらい
や情緒に欠ける相手でも、どうしようもなく好きなのだ。イルカの
魅力は率直さ。まっすぐなところ。好きなんだから、そばにいたら
反応くらいしてしまう。イルカの言動があんまりなものでも萎えや
しない。だってそんなところも好きだ。毎日、抱きたいなってどき
どきしてた。

「いやじゃないなら、してくださいね」 
 そう言ってちゅっと、カカシの頬にキスがおしつけられた。ぎこ
ちなさとか、変な照れは全然ないイルカ先生。いつでも自然体。ほ
んとに自分ペースなひとだなあ、とカカシは可笑しくなって、はい、
と応えながら遠慮なく先生を押し倒した。





 ―――イルカとの最初のセックスがあまりに良かったぶん、カカ
シは引け目があったのだ。だって好きなひとの体は、どこもかしこ
も馬鹿みたいに気持ちがいい。
 あの日。イルカの口に深く舌を差し入れ角度を変えては幾度もキ
スをした。
 狭い後ろを馴らしてるときも、位置を探しながら高ぶりを秘所に
押し当ててるときも、キスばかりしていた。このまま入らなくて、
キスばかりして果てるんじゃないかと予感のように思うほど。

 なかなか入らなくて、無理だと何度思ったか。

 でも結局入ったし、イイところは見つけられたし、自分のモノで
そこを抉ればイルカは確かに気持ちよさげに泣いた。自分と同じも
のを目にしても、カカシの興奮はおさまらず、下生えからなぞって、
イルカの勃ち上がった性器を握り込んだときも、その張り詰めた肉
の感触に欲情を新たにしただけ。感じやすい胸と下肢を愛撫すれば、
イルカはそのたび柔順に、カカシのモノをぎゅうっと締め付けた。
 ――気持ちが良すぎる。その絡み付く粘膜の動きに腰が勝手に揺
れた。腰と尻とを擦りあわせて得るだけ即物的な快楽を求めたわけ
ではないのに、最後は余裕もなく、足を抱えてがくがくとカカシは
揺さぶった。
 先生はひっと息をのんで、涙をこぼしていた気がする。
  ごめんなさい。何度も謝った。とまらない動きを。
  初っ端いきなり、むさぼった自覚があったから。
  だから平素に返って、無理を強いられたイルカ先生に、抱かせて
なんて言いづらかった。
 
 いいですよって頷かれるのは、解っていても――





「カカシさ…、や、あっ」
「先生、動いて、いい?」
「ゆ。ゆっくり」
「うん。ゆっくりします」


  カカシは言葉と共に、頬を撫で、ねじ込んだものを抜いていく。
 前回よりも楽に挿入は果たせたものの、やっぱり少し辛そうなイ
ルカの顔に、心臓がどきどきとうるさい。中の熱さに、堪らない心
地よさを味わってる下半身と、イルカを心配する頭とが、ばらばら
に働いてせめぎ合い、こうしてると混乱する。突き上げたいのをぐっ
と堪えて、カカシはゆっくり抜き差しし、腰をうごめかす。


  ―――ねえ、せんせい。
  ―――オレの顔は一般的には、すごく間抜けで。
 こんな場面で、先生みたいにうっとりされることなんてなかった。
先生だけ。イルカ先生だけだ。なんて幸福な気持ち。

 痛くたって、抱き合うことと引き換えになるほどのもんじゃないっ
て言ってくれた。ああ、甘やかされてる。甘えさせてくれてる。そ
れくらい好かれてるって自惚れていいの? それはとても凄いこと
なのに。――声に出ていたのか。ふいにイルカの手がのびてきて、
カカシの髪をぎゅっと引っ張った。睫の下の黒い瞳が睨むみたいに、
瞬いて。



「ばか」   



 それは怒りますよって、いつか言ったときと同じ。
 とてもやさしい響きだった。




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