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* 伝書鳩

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ゆきずりに伝言を頼まれるたびに、アスマは苦みばしった顔付きで、
頼んできた調子のよいツレに文句を言ったものだった。

 ―――なんで俺が。いいかげんにしてくれ。俺はおまえらの伝書
鳩じゃねえぞ。

勿論、相手にもそれなりの理由があり、切羽詰まっているのもわか
る。
ツレは、里でも指折りの強さを誇る上忍だ。
永の任務から里に帰還しても、装備を解かないうちに次の任務に追
いやられることもままあった。
アスマと男は、友だと言い切るには馴れ合いが足りず、かといって
満更親しくないわけではない。そんな相手に大事な伝言を言付ける、
言付けずにいられない立場への理解もなくはなかった。
あきらかに、通常の任務量とは別にツレがこき使われているのを知っ
ていたからだ。
「たのむよ、オレもう、今すぐ出なくちゃならないんだよ」
「ああ、ああ、わかった。報告書だすときにな。夕方になるけどな。
ついでにだぞ」
「いつもわるいな。助かるよ」
仕方なしに請け負うと、男はほっとした顔で笑う。


 助かる。助かるよ、アスマ。
 あのひとに伝えてね
 「ただいま」って
 それから、「行ってきます」
 ちゃんと任務頑張って、無事に帰ってきますね
 あと、アイシテルって


「おい。愛してるは余計だろうが。――俺が口で言うんだぞ」
「それもそうだね。じゃ、最後のナシで。たのむな」
満足な休養もとれずに、ばたばたと里外にやられる男をアスマは紫
煙を吹かせて見送った。おそらく仮眠もとってはいまい。出立前の
わずかな猶予は伝言が精々。
子供の児戯のように他愛ない言葉を伝えてと望む。それを望むだけ
で精一杯な里の苦境を、アスマのツレは文句も言わず手助けしてい
る。もちろん自分も里に尽くしているが、あの男はその有能さゆえ
にそれ以上に。


大事な伝言なんだ、といつだって言う癖に。
内容はいつも他愛ない「挨拶」ばかり。


「・・・・・・生きて帰れよ」


 アスマが伝書鳩代わりに使われるのを面倒がるのは、自分の伝
言が遺言に化けるときがくるのはシャレにならん、と心底いやだ
からだ。



*



「あのひとに伝えてもらえませんか?」
ツレの伝言を伝えて欲しい相手――要するにあの男の恋人からも、
アスマはそう伝言を頼まれる。
「気を付けてくださいねって一言でいいですから。できれば今月ず
っと受付シフトで残業しますっていうのも言っておいていただけ
たら助かりますけど。あと、近所のポチが出産して子犬が4匹と」
――あのひと楽しみにしてたんですよ、ポチの子犬。
男ほど頻繁にではないが、ぽつぽつと。今度また、あのひとが帰
還しても戦地にとんぼ返りだった時はお願いします。伝えてくだ
さい。
そんな調子で頼まれる。
ポチが、とアスマは呟いて口から煙草を落とした。
「俺ぁ、おまえたちの伝書鳩じゃねぇと何度言わせるつもりだ?」
「はあ。すみません。アスマさんに頼むのが確実なので」
「いっそ、待機所にでも伝言板を置いたらどうだよ」
「誰かにイタズラで消されてしまうかもしれないじゃないですか」
「式は」
「あの人なら可能でしょうが、そうそう簡単に飛ばしていいもの
じゃありませんし」
「忍犬」
「それもやっぱり」
「・・・・・・おい、勘弁しろや」 
「あー、すみません。でもアスマさんに頼むのが本当に確実なん
です。信用できるし絶対届けてくれるからって、あのひとが言っ
てました」
「あのなあ」
癖らしい、顔にある傷を掻く仕草してツレの恋人が言うので。
ふたりして、俺を伝書鳩扱いか! 無言で天を仰げば、苦笑いを
にじませ、だが言い切られてしまった。
「でも、オレもそう思います。あなたに伝言を預けさえすれば、
必ずあのひとに伝わる」
「冗談じゃねぇ。マジ勘弁しろ」

不平をいくら訴えたところで、結局はツレの恋人からの言伝も預
けられてしまうのだった。





そして

そんな日々が、
際限なく続くような錯覚を覚えはじめた頃、






「――イルカ」
「アスマさん! こんにちは。どうもお久しぶりです」
イルカの律義に下げる頭のかたちは、全く変わっていない。
ゆっくりと近づいてくる相手は笑っていた。
春先特有の埃っぽい強い風に、立ち止まったアスマのタバコの火
が消えそうにくすぶった。
「お前、里に帰ってきてたのか」
「はい、つい今し方着きました。これからアカデミーに寄って火
影様にご挨拶を」
「長かったなあ。え? 2年ぶりか?」

里の中心街を過ぎた別れ道で、ばったり出くわした懐かしい顔に、
アスマも笑って大きく声を上げた。
待機任務あけで今から帰るところだった。
本当に久しぶりなその顔を見て、アスマはイルカの手にした荷物
の多さに軽く目をみはる。里を出る時は身軽が決まりである。あ
ちらで増えたものなのだろう。
火の国の一般の幼年部と高学年の学校のカリキュラムを学ぶ――
という研修めいた任務にイルカが赴いて以来、確かにそれくらい
の時が流れていた。


「そうですねぇ、丁度一年ずつ従事して、学校を替わったので」
「そうか、大変だったな。そのうち落ち着いたら、飲みにいこう
ぜ。ゆっくり話聞かせてくれや」
「はい。――そうだ、アスマさん」
「うん?」
「あのひとに、」
「――なんだ?」
「あのひとに伝言を頼みたいんですが、いいですか?」
伺うようにイルカはアスマを見た。イルカのいうあのひとは、決
まりきっている。この台詞も二年ぶりだ。アスマは煙草を指で潰
し、顎をしゃくった。
「ああ、・・・いいぞ」
「じゃあ、お願いします!」
イルカは、両手一杯に荷物を下げたまま笑って、ゆっくりとアス
マに向かい語りかけだした。




 ただいま帰りました、カカシさん
 2年も音沙汰なしで、すみませんでした
 でもあなたのことは毎日考えていましたよ
 赴任先の忍術を知らない子供たちは無邪気で忍びの子供達より
 かなり脆弱で
 どこかあぶなっかしく感じたけれど、とても可愛かった
 でも、あの子達とどんなにたのしく過ごしていても
 あなたのことを忘れたりしませんでした
 
 できるわけがない

 いままでも、これからも
 ずっとあなたが
 あなたのことがすきだから
 だれよりも
 なによりも
 あなたはオレの全てです
 それは一生―――変わりません




「あ、最後に、カカシさんに愛してると伝えてください」
「それを、俺が言うのかアイツに?」

最後のそれには難色を示して、アスマは眉間にしわを寄せる。
アスマのツレは――里の誇る上忍だったカカシは、かつて同じよ
うなことをアスマに頼み、結局やっぱりそれはいいと撤回した。
自分の大事な恋人に伝言とはいえ他の男から「愛してる」などと言
葉を掛けさせるのは癪だという考えだったから。
でも、イルカは、

「――ええ、お願いします。あのひとに伝えてください」

撤回などせず、言葉を託す。重ねる。
いつか、カカシ同様、他愛もない伝言を繰り返しアスマにことづ
てたときと同じ調子で。
「だって仕方ないことですから」と答える。



「アスマさんに伝言すれば、必ずあのひとに届く。
どんなに叫んでも届かない遠い空の上でも、あなたに言づてた言
葉ならあのひとに届いてるって―――」



オレ、信じてるんです








イルカが言葉を伝えたい相手は、
――もはやこの地のどこにも存在しない。

猿飛アスマは、彼のツレとその恋人の伝書鳩代わり
そんな日々が際限なく続くような錯覚を覚えはじめた頃、
カカシは任務先で命をおとした。


里に持ち帰られたものは、規定通り額当てだけだった。


体は遠い彼の地で一片も残さず処分され、やはり帰ってこなかっ
た。還された額当てだとて確認手続きのあと、とっくに金属は潰
され、新たな何かに再利用されて消えてなくなっている。
だれより忍びらしく、それ以外の何者でもなかった男の痕跡は慰
霊碑に刻み付けられた文字だけだ。
そして皆、記憶と想いを風化させて楽になる道を選んだ。


だが、残された恋人だけは、普通ならこれで用済みになるはずの
伝書鳩にいまだ、ぽつりぽつりメッセージを託し空に放ち続ける。




 あのひとに伝えてほしい
 たとえ何に別たれようとも
 あなたを愛さない日はきませんよ、と
 



―――ふたりが必ず伝えたい言葉を届けられると信じた、唯一無
二の通信手段を利用して。想いを伝え続ける。


面倒臭がりの伝書鳩は、いまではその役目を果たすことに文句を
言わなくなった。
たまに、元気でやってるぞ、と自分や里の近況も添えたりもする。



確かに届いているのだというイルカの言葉を信じて。




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