小鳥の恋


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*


 最近、イルカ先生の病室には小鳥がやってきます。
 でも、どんな種類の鳥なのか、確かめることはできずにいます。


  イルカ先生が春の始めに、任務でちょっとした怪我を負い、右肩
から指の先まで包帯でぐるぐるにされてから二週間。
 生活が少しだけ不便そうなのと、火影さまに休養を申し渡された
のと、通院が面倒なのとで、木の葉病院に入院してから二週間。


  それからずっと。
 イルカ先生の病室には、毎日小鳥がやってきます。
 その目で見たことはないけれど。
 きっと、それはそれは可愛らしい、ツバサのきれいな小鳥なのだ、
とイルカ先生はうとうと微睡みながら想像するのです。

  ――お日様いろの小鳥かな。
 ――いいや、真っ黒な濡れ羽根のうつくしい鳥かも。
 ――それとも暖かな南国から飛んできた、花の色をまとった小鳥だろ
うか。

  かわいい小鳥。オレの窓辺におとなう小鳥。
 あふ、と欠伸をひとつ。
  もう、イルカ先生はお昼寝の時間です。


  ことりのいろは、どんないろ。
 あかいろ。
 うすべにいろ。
 しゅんいろ。
 わかくさいろ。
 

イルカ先生は、強いお薬のせいで日に何度も眠りにおちるのですが、
とろりとした夢の毛布に包まる寸前まで、小鳥のことを考えます。

  ももいろ。
  やまぶきいろ
  もえぎいろ。

 入院生活は退屈だけれども、イルカ先生は小鳥のことを想像する
のに忙しくて、毎日があっと言う間でした。

  そらいろ。
  みずいろ。

 眠らずに起きていたいのですが、イルカ先生が寝ている間にしか
小鳥はやってこないので。

  はいいろ。
 しろ。

小鳥の姿を、うつくしい囀りを、想い描きながら今日も。

  ゆき、みたいな、ぎんいろ――

金色の甘い蜜のような眠りに沈んでゆきました。



*



  イルカ先生の小鳥は、最初は小鳥だとわかりませんでした。
  窓辺に花が一輪おちていただけで、小鳥がここへやってきている
なんて。いくら中忍といえども気付ける筈がないのです。
  おちていたのは、山躑躅(ヤマツツジ)でした。
  紅色の鮮やかな花びら。そのお花のとこだけ毟ってきたらしく、
匂いをかぐと、清々しい山の香が漂いました。

  発見したのは、検温にきた看護婦さんで、窓を開けてくれたとき
にお花が落ちてるわ、と嬉しそうに教えてくれました。風で山から
飛んできたのかしらね、とも言いました。
  そのときイルカ先生はべッドに半身を起こして、休日の午前中か
ら訪ねてきてくれた元教え子の頭を撫でているところでした。

「あー! イルカ先生、あれってば、山躑躅だっ」
「お、よく知ってるなあ、ナルト。おまえが花の名前なんて」
「きのう、任務で山に行ったとき、デッケー花の咲いた木があった
んだってば。サクラちゃんが、きれいねえ、山躑躅よって」
「そうか。さすが女の子は詳しいな」

 イルカ先生ががゴム毬みたいな元気のよいナルトと一緒にやって
きた、やはり元教え子のサクラを褒めると、利発なサクラは看護婦
さんから山躑躅を貰い受け、イルカ先生に手渡してあげました。
 イルカ先生は受け取った花を指先でくるくると回し、もてあそび
ました。

「きれいだなー」
「きっとそれ、昨日見たあの木から飛んできたんだ!」 
「それはないわよ。だって凄い山奥だったでしょ。もっと別の近い
場所に咲いてる木があるんじゃない?」

 サクラはそう言って、でも、首を傾げました。
  山躑躅は、里の人家のあるあたりには一本も植えられてなかった
ように記憶していたからです。

 イルカ先生にお休みの時間が来て子供たちが帰ったあと、先生は
そそくさと立ち上がると入浴用に用意した洗面器にお水を張りまし
た。それから、それを枕辺の台に置きました。
  水には山躑躅が一輪、紅い小船のように浮かんでいます。
  とてもきれいな花だったので、枯らすのは可哀想です。
  水に浮かべると、花は生き生きと、より鮮やかに咲いたようにみ
えました。
  イルカ先生はやり終えた一仕事ににっこり笑うと、安心してシー
ツに潜りました。



  次の日も、山躑躅は一輪、どこからかイルカ先生の病室の窓辺に
飛んできて、今度はイルカ先生がそれを発見します。
  先生は洗面器のお水を換えてから、前日のお花と同様に、それも
水道水のプールに浮かべてあげました。

  コツン、と窓を弾く音が聞こえた気がして、お昼寝から目覚めた
三日目の夕方。

 ふわあああーと、大口を開いて欠伸をして起き上がると、イルカ
先生は開けっ放しだった窓を閉めるために、ふらふらと近寄り。
  今日もまた、紅色の花がそこにあるのを見つけてしまいました。
  三日も続けば、もはや偶然ではないのでしょう。
  でも。

 
  でも、
  …うーん。


「見舞、でもないよなあ」


 イルカ先生は、そう困ったように、呟きました。
  困って鼻の傷を掻く癖に、どこか嬉しそうです。


  花と言えば、鉢植えでない限りお見舞の品の定番だけれども。
  これは、ちょっと違う気がしたのです。

 イルカ先生はたくさんのヒトと仲良しで、子供たちにいっぱい好
かれていますから、大勢のひとがお見舞にきてくれて、入院初日は
入れ替わり立ち代わりの大盛況でした。
 届けられたお見舞の品はそれこそ山のよう。
 果物、お菓子、本、お手紙。お花だって勿論。
 切り花の花束を四つも貰いました。
 花瓶なんて気の利いたものはもっていないので、ぺットボトルを
切った代用品に生けているけれど、毎日うきうきと忘れずにお水を
換えます。


「でもこれは、違うよなー」


  イルカ先生は、何故か真っ赤な顔でそう言います。
 摘まみあげた三輪目の、山奥の春。
  匂いをすっと吸い込むと、山の息吹が肺に広がって、清々しい気
持ちがします。
  お見舞ならば、とてもすてきな品だと思うけれど。
  でも、きっと違う。
  違う。違う。


「春だし」


 イルカ先生は、そう口にだすと、くふっと喉を鳴らしました。 


「きっと小鳥。絶対にそう」


  小鳥。小鳥。
 そんな訳で、イルカ先生は、自分のいる病室に花をくわえて訪れ
る小鳥の存在を知ったのでした。 




  小鳥は毎日きてくれます。
  きれいなお花をたずさえて。
  毎日お花をくれるので、イルカ先生の小さな洗面器のお池は、紅
と薄紅の山躑躅でいっぱいになりました。
  お見舞にきてくれた人達も、その可愛らしい春のテーマに目を止
めて感嘆の声をあげてくれます。
  イルカ先生は。いいでしょう。小鳥からの貢ぎ物なんですよ。そ
う、いたずらっぽく笑顔で明かしました。

 子供たちは不思議がり、大人たちは春だね、と微笑しました。


  イルカ先生の小鳥。
  姿は見せてくれないけれど、きれいなお花をプレゼントしてくれ
る小鳥。


  ―――毎日、想像を巡らせた結果。
  イルカ先生の小鳥は、こんな風になりました。

 尾羽は長くて、風切り羽は、桜色がかった真珠色。
  色は銀色。
  ゆきみたいな、ぎんいろの、小鳥。
  目は赤い硝子玉。
  性格は、気まぐれで、臆病で、甘ったれ。

  それで、あとは。
 あとはね、イルカ先生のことが大好きなのです。
  ほんとうは、そんなの、ずっと前から知っていたんですけど。



*



 もうすぐイルカ先生は退院―――
  退院しても小鳥はきっとイルカ先生のお家の窓辺にきてくれます。
 看護婦さんが、なんの疑いもなく、お花が山から飛んできたと言っ
たのは、あの窓にイルカ先生が入院するまで小鳥がこなかったから。


  小鳥のみつぎもの。
  まいにち、お花を一輪ずつ。
  春に、きれいな花を贈ってくれるのは。
 小鳥の可愛い求愛行為。
  オトナなら誰だって知っています。


 イルカ先生は、退院したら、寝ずの番をしてでも小鳥を捕まえて
やろうと心に決めていました。
  お花をありがとうございます。
  受け取ったので、喜んで、あなたのつがいになりますよ、とお返
事をしなくてはいけないからです。

 
  イルカ先生も、小鳥が大好きだったので。
  両想いなんです。


  夕暮れのまだ暖まったままの空気と次第に冷えていく風に吹かれ
て、イルカ先生は緩んだ頬を隠すように病室の窓を閉めました。



Fin


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