別れ話:戦場での逆ver

別れ話


明日には、うみのイルカの恋人が里に帰還する。

彼(か)のひとが赴いた先は、死者を多く出しながら、長きにわたって終結しない戦場だった。
任期も三月の予定が、半年にのびた。
里に先に戻ってきたのは死者と怪我人ばかり。
優秀な恋人は、漸く終結の知らせがきても帰ってはこなかった。

それは無事だという知らせであり、明日には後片付けを終え、イルカの元に帰ってくるという事実の突き付けでもあった。
イルカの恋人は里でも名の通った、上忍だ。嫉妬深く、美しい忍びだ。
ここへきて、その身を案じ里で待っていたイルカの身に降りかかるのは、―――修羅場だ。
愁嘆場。泥沼。どう言い換えても、目の前で泣いている情人の存在は変化がない。消えはしない。たとえ今、その相手に別れ話をしていたとしても。

うみのイルカは恋人を裏切って、―――ここ三ヶ月浮気していた。


「泣かないでくださいよ、反則でしょう、それ…」
「だって…、わかれたくないです…」


イルカに向かって悲壮な想いを滲ませた声が、ここ三ヶ月散々吸いあった相手の唇から漏れた。
今日でおしまいにしましょう。イルカがそう言った途端子供のようにボロボロと泣きだした相手に、イルカは途方に暮れた。
わかれたくない、と言われて胸を突かれる思いだった。
お互いに、遊びのはずだった。自分には恋人がいて、相手も承知の上の関係だった。


知りたくなかったが、イルカは自覚以上にさみしがりな性分だ。


恋人が危険な場所へ旅立って以来、イルカの胸には、ぽかりと真っ暗な穴があいた。それはひどく空虚な穴だ。死者の数が増えたと聞くたび、穴はびょうびょうを寒々しい風を通してイルカから熱を奪った。
恋人が大切だった。さみしくてならなかった。また両親のように失うのかと思えば穴は大きくなるばかりで。
寒くて、さみしくて、三月が過ぎても戦が終わらず任期が延びたと知ったとき、よく一緒に飲みに行く仲だった相手とイルカは寝た。
甘い声で、舐めさせてと言われて、誘惑に抗えなかった。


どちらが先に誘ったのかは、記憶にない。ふたりとも酔っていた。酔っていたけれど自分が何をしているかは自覚があった。そして、それ以来、関係は続いた。とくに言葉にして約束した訳でもないのに、暗黙の了解のように人目を忍んで夜を共にした。


だから、恋人が無事に帰ってくるにあたり、もうこんな不健全な関係を清算しようとするのは当然の流れな筈だった。
浮気相手が納得しない、という展開を不覚にも、イルカは想像だにしていなかった。
だって、浮気相手は本気の相手でない。
愛されてなどいなくて、ただ体の快楽で、繋がり合った浅い関係だ。

その相手からの、わかれたくない、という明確な意志の言葉がドクンとイルカの胸を打つ。
ドクドクと肌の下の血流を感じるのは、拙い状況に陥った危機感のせいだけだろうか?
リアルなのに、どこか夢見心地な心境は、どこからきたのだろうか。
イルカはそう不思議に思いながら、相手に問いかける。

「えっと……でも、あんた、別に俺のこと好きでもなんでもなかった筈…ですよね?」
「それはこうなるまえの話でしょ。今は違うし、本気だよ」
「なんで、どうして、そうなるんですか…?」
「恋愛に理屈いらないでしょ。付き合い短くても、もう愛してるんだもん」
「でも、俺には恋人がいるんですよ? 知ってますよね?」
「知ってるけど、関係ない。わかれたくない。てゆーか、絶対わかれない」

情人の―――イルカの浮気相手であるはたけカカシは、いやだいやだと駄々をこねるこどものように泣いて、途方に暮れたままのイルカの様子に、泣き落しできないとわかるや否や、ピタリと泣き止んで、イルカをベッドの中に押し戻した。
慌てるイルカの押し返す腕を押さえ込み、カカシは顔中に甘える様に可愛らしく唇を押し付けて、イルカを籠絡し、自己主張を通そうとする。


「ねえ、オレとじゃなくて、あっちと別れて?」
「そんな馬鹿な話が…!」


突拍子もないことを囁かれ、ありえない! とイルカは混乱の中でも即答しかけて、その否定を告げようとする口をカカシの唇で塞がれた。
塞がれ、知りつくされた口の中の性感を散々刺激されながら、

(本当に、ありえないのか?)

とイルカは自分に問い直した。ありえないけど、本当はありえてはいけないのだが、でも。

「カカシさ、…」
「関係の清算、明日してきてね」

カカシは、快感に潤んだイルカを見下ろし、にっこりきっぱり言い放った。
イルカの舌が痺れてもつれるくらいに口内を蹂躙したあと、気が済んだようにカカシは赤い舌をイルカの口から抜き去り、また、ちゅっと唇をくっつけた。

イルカがカカシの施す巧みなキスに弱いと知っていて、するのだからカカシはずるい。

――――いないのがさみしくて、つい他の、しかも男なんかと浮気しちゃうくらいさみしくて、それくらいすきな恋人と、イルカに別れろと、はたけカカシは言い張る。
イルカの恋人は、美しい上忍のくノ一だ。
カカシにしてもそうだが、自分とは不釣り合いなほど、美しい忍びだ。
向こうから言い寄られ始まった恋だが、イルカは彼女を大切に思っていた。

普通に考えて、イルカに選ばれるのは、その恋人の方だろう。
女だし、祝福され結ばれることができるし、子供だって望める。
それを無視して自分を選べと言い切れる、カカシは凄いと思う。

この場合、その無理を通せるだけの実力が災いしていた。
閨での技でも、忍びとしての力量も。男でも見惚れるような際立って優れた容姿も、実は示されていた愛情も―――。
戸惑うイルカに、カカシは唇を尖らせて急にイルカを責めはじめた。

「だいたいさあ、三ヶ月もオレの咥え込んで、オレの下で散々腰振っておいてさ。せっかく尻でイクように躾けたのに、女が帰ってきたからって、またそっち相手に腰振って前でイこうなんて節操ないんじゃない?」
「な……っ !!」
「そうでしょ? それにオレのがあんたの気持よくさせてるでしょ。オレの方があんたの好きなキスも上手だし。―――も、つべこべ言わずにオレに決めて。いやでも選んで。それをアンタの恋人がどう思おうと、こうなったら関係ないの。だって、」


そこで、カカシは不自然に言葉を切って、イルカの既に泣きそうな顔を覗き込んだ。


「―――あんたの彼女よりオレの方が実力上なんだよ? あいつがオレを遠ざけようとしてもできないよ? 争っても、叩きのめすし、再起不能にするかもね」

平和的に明日解決してこなきゃ、争ってでも奪うから。
それが嫌なら、ちゃんと自分で別れてきて。

押し倒したままのイルカを上から覗き込み、カカシは最後通告しおえると、話は済んだとばかりに、また、ちゅっとイルカの唇にキスを落とした。そのまま深まる口付け。
言ってることの無茶苦茶さと関係なく、キスだけはやさしい。まるで恋人同士のそれだ。


彼女と正式に別れたら、―――真実、にこの我儘な上忍とそうなるらしい。
そう考えて、胸が震えたのは、恐怖からでも嫌悪からでもなく、多分、喜びからで。
戸惑いと混乱で、イルカのカカシを押し返す手の力は抜けた。


カカシの無遠慮な手がイルカのズボンの背後に侵入する。指が穴の表面をすりすりと撫でる。ここが大好きなんでしょ、と口にせずに事実を突き付けてくる。もちろん、そんな場所を彼女には撫でられたことなどない。きっと彼女にそんなことをされたら火がついたように抵抗しただろう。だが、今のイルカは物欲しげにひくつく場所をゆっくり開き、素直にその指を受け入れた。

イルカは変わってしまった。そんなつもりはなかったとしても、以前とは確かに違う。彼女を選び、カカシと別れたら、そこに残る変わってしまったイルカは途方に暮れるのではないだろうか。身体がかわったように、今のこの気持ちが、半年前の自分とすこしも変わってないと誰が断言できる? だって、さきほど感じた喜びはなんなんだ? ―――イルカを抱くカカシの熱っぽい瞳。イルカは、その浮かされた熱が感染したように次第に頭のなかの理性が霞んでいく。

尻の間にねじ込まれたカカシの指をイルカはきゅうっと食いしめた。いやらしい手つきで胸を撫でられ、首筋を吸い上げられ、理由のわからない涙がイルカの目尻を伝う。彼女が好きだ。今でも好きだと思う。きっと今年中には所帯をもち、子供だって作ろうと考えていた。

遠い戦場で里の為に働いていた恋人を待ち切れずに裏切った。イルカのしたことは最低だ。この事で彼女の方から別れたいと言われればイルカには反論する資格はない。だけど、カカシとの不貞を知っても彼女がそういう結論は出さないとイルカは知ってた。それほど愛されている。本当に愛されていることを知ってる。そんな恋人を自分の方から切り捨てて、浮気した相手を選ぶなんて、どれだけ相手を傷つけることかも理解しているのに。


でも、今の自分はどちらと共に居たいのかを考えてしまったら―――。
こうして毎夜誰と抱き合いたい? ずっと抱き合っていたいと望んでる? その問いに、ありえない筈の酷い答えがでようとしている。


イルカの唇から洩れるのはカカシへの別れの言葉ではなく、奥で揺らされる指の動きに対する喘ぎだ。世の中にこんなに気持ちのいいことがあったのかと驚くほどに、カカシの与える快楽は深かった。彼女との行為で得られた快感も正直に言えば霞んだ。こんなこと絶対に彼女には言えない。どれだけくノ一のプライドを引き裂くことか。
けれど、本当に別れ話をするとしたら、それすら言って傷つけてしまいそうな自分がいる。

カカシを本当に得るためには、彼女を切り捨てることが必要なんだとしたら。

あ、あ、とせわしなく洩れるイルカの恥ずかしい声を、カカシは飽くことなく、何度も愛しげに唇ごと吸い上げ消してくれる。でも浮気の事実は消えない。とても悪いことを自分はしている。明日には恋人が帰ってきてしまう。彼女に悪い。酷い。なんて酷いことを。イルカの涙はとめどない。何かに怯えた瞳のまま、イルカは与えられる快楽の、その先を自分から強請った。

そんなイルカに、カカシは幼い子供に言い含めるように甘い声で囁いた。
はい、以外の返事は認めないよ、と。


「明日、ちゃんとあの女とは別れてきてね」





*別れ話




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