横恋慕

横恋慕



イルカが恋人と諍って、とうとう昨夜別れたのだとカカシが知ったのはついさっきの事。
けれども、イルカに行きつけの居酒屋に来てほしいと誘われた時点で、当人の口から語られるまでもなく、カカシはその事を確信していた。そうなると頭のどこかが知っていた。


―――俺ねえ、あいつとはずっと続くんだって疑ってなかったんですよ。


カカシに告げるイルカは、ぼおっとした調子で言い、常より辛い酒を頼んだ。
その指の丸い爪先で、鼻のうえの傷を小さく掻く仕草を何度かした。自分をごまかすように。酔いに潤んだ目許は、ひどく寂しげだった。

適度に込み合う店内のにぎわいに、かき消される程度の相談というか、愚痴というか、そんな感じの話がとぎれとぎれにカカシの耳を紛れ込む。

きっと、明日には多少の噂は届くと思いますが。
その、相手の方が、あなたと同じ上忍の、くノ一だったので。

イルカはそんな風にぽつぽつと零した。カウンターの隅っこで、カカシに返杯しながら。
話の順序は、几帳面なイルカらしくなくちぐはぐだったけれど、カカシを見るなり開口一番、別れたんです、と結論を言ったから―――。あとはどこから話そうが、要点は変わらないのだった。

カカシに勧められるままイルカは既に一時間以上は飲み続けている。
本人に過ごしている自覚があってもやめる気はなく、カカシもそれをとめない。


 俺ねえ、ほんとにね、あいつとはずっと続くんだって疑ってなかったんですよ。
 ずっと一緒にいられるんだって。
 ―――ばかですねえ、なんの保証もないのに。
 ええ、疑ったことなんて一度もなかったんです。
 浮気とか、魔がさす、とか。心変わりなんて。そういうことを。
 
 そんなことない、なんて、あいつ言いはしてたけど。
 ばか、ですよねえ。


―――別れ話を先に口にしたのは自分だが、結局、振られたのも自分なのだと、
イルカは失恋酒に喉をやきながらカカシに語った。

「あいつね、女ができたんです」
「へえ…」
「一度だけじゃなくて、その相手とは何度も寝てたって言ったんです。……先月からですけど」
「そう…」
「始まりは酒の上での過ちだったって、口では言うけど、そんなの信じられるわけがないし」
「うん」
「だって、同じ相手を何度も繰り返し抱いてたんですよ?」
 ……俺がいたのに、一夜の過ちで終わらせてないのに。




イルカの恋人は、男で。世間一般でいうところの「彼氏」だった。
その相手とはお互い中忍同士で、イルカがアカデミーに勤め始めた頃には付き合いが始まっていた長い仲だ。
それは割と有名な話だった。イルカの近くにいる人間ならば、誰でも知っているような。
イルカは隠していなかったし。忍びの里で同性の恋人は珍しいというほど少なくもない。生き急ぎがちな人生だ。女と所帯を持って子を設けることを望む以上に、お互い好きあっているのなら他人が口を挟むような事柄ではないという考えが浸透している。
だから二人は何の障害もなく、普通に付き合いを続けてきていた。
それを知らないのはイルカと全く接点がない人間か、新たに知り合った人間位だった。イルカに引き合わされたばかりの頃の、カカシのような―――


それほどうまく付き合ってきた二人が、別れた。
彼氏の方が、先月から、なかなかに美しいくノ一と関係をもち、以後何度も逢瀬の機会があったらしい。それがイルカにバレ、別れ話に発展した。恋人は昨晩イルカに釈明しようと努力をしたそうだが、結局、感情高ぶる内容でしかない事実から酷い口論となり、勢いでそのままお互い別離を口にしたのだという。
簡潔に説明できる、そんなあっけない終わり方だった。

イルカは、だからあきらめたと、笑った。
そして酒臭い呼気に混ぜこんで、ぽつりと零した。
俺達本当に別れたんですねえ、と。

ずっと一緒にいたのになあ、こんな簡単に終わるなんて。
俺、ひとりになっちまいました。

イルカは、すん、と小さく鼻をならした。
かなしい気持ちだけが滲んでいる。
それでも、恋人だった男を、嫌いになったとは言わなかった。


カカシは黙ってそれを聞いてやるばかりで、返事も「うん」とか、「そう」とかばかりだ。相槌と同じく、淡々とイルカの器に酒を注ぐ。
そして時折カカシは、酌をしながら、自分の肩を酒に呑まれかけているイルカの肩にとん、と当てる。ここに居るのは二人なんだと教えるように。すぐ隣に自分が、カカシが、いるんだとイルカ意識させるための、ちょっとした揺さぶりであった。カカシの仕草に気付いたイルカは、あなたはやさしいひとですね、と言った。



たとえばもし、今ここでカカシが「あきらめるな」と一言言ったなら。
―――事態はきっと変わるだろう。
カカシはいつもより甘口の酒をちびりと嘗めながら思った。
酔いと無縁な醒めた洞察からその確信がある。

酒の勢いを借りてでも、今の正直な気持ちをぶつけに行けとイルカにいえば。
イルカが本当は別れたくないと、その男に告げれば。
きっとそいつは女を捨て、イルカとの仲をほとんど完全に修復するだろう。
もう一度、イルカを手に入れることだろう。
そして二人はまた睦まじく過ごしていける。
ここで一言、イルカの背を押す手伝いをカカシがしさえすれば。


けれど、カカシはそんなことは決してしない。
絶対に。


こうして、失恋の慰めを求められるくらいには勝ち得てるイルカの信頼。
イルカの恋人との付き合いの合間で、回数は多くないとはいえ、それでも定期的に飲みに誘い合ってきた絆。
これはイルカの相談に親身にのる為に作ったんじゃない。
今から起こす行動に必要な、ただその為だけに手にいれた武器なのだ。

カカシがイルカと出会って、もう四年。
アカデミーという里の中心機関から、イルカの教え子を引き継いだ上忍師という立場でのありきたりな出会いをして以降、四年が経つ。

イルカとは顔を合わせればあいさつを交わし、時間があれば雑談に興じ、互いの都合があえば二人で居酒屋へ連れだった。
そうして、カカシはずっと、まるでいい友人のように過ごしてきた。
生来、馴れ合いを好まず、人付きあいもマメではない性格のカカシが、切ることなく繋いできたイルカとの縁は、ひとえに彼への好意から発生していた。
カカシはイルカを愛していた。
恋しくて、死にそうな気持ちで。

知り合った時には既にイルカには相愛の恋人がいた。
それでも自分の気持ちはどうしようもなかった。カカシは強くイルカに惹かれた。
取り立てて、印象の強いひとではない。けれど、知ってしまえばイルカは忘れられないような人間だ。頑固な面もあるし、怒りっぽいし、決して聖人君子ではないのに、正しいひとだな、と思わせる。
間違ったことは間違ってると声を大にして言える、まっすぐな性格が好きだと思った。
情が深くて、一途な気質も。


一目惚れではなかった分、深みにはまって諦め切れない。
カカシの中にはそんな恋慕が育っていった。

―――告白などして、イルカを困らせたくない。
傍若無人で通してきた気ままな男がそんな気遣いを覚えるほど、本気で愛した。
気遣う以外の問題として、そもそも、誠実な人間性のイルカが、恋人がいながら他人の情など受け入れるはずもない。
好きだと告げれば、イルカはただ申し訳ないという表情でカカシと距離をおくだろう。
ただの友人付き合いですら、気をもたせるのはよくないという潔さで断ってくるに違いない。


だからカカシは焦りは捨てた。
機会を待とうと決めた。
心変わりを知らないイルカではなく、相手の方の油断を待った。
そうしてイルカに対しては、すぐ駆け寄れるくらいに一定の距離を保ち続けた。
カカシと出掛けても、今から恋人と夜を過ごすのだと赤裸々に言って帰っていくイルカに、笑顔で手を振り見送りもした。
内心の荒れ狂う嫉妬を押し殺して。
心が焼き切れそうになりながら、男を羨む気持ちを宥めて、イルカを恋人の元に返し続けた。



そんな馬鹿らしい忍耐の日々とも、ようやく今宵で、さよならできる。



ああ、そうだ。
誰が仲の取り持ちなどしてやるものか、とカカシは胸の中で高らかにうたった。

だれが、狡い恋敵にイルカを返してやるものか。

自分より数年早くイルカと出会ったというだけで。
それだけで先にイルカを手にいれたあの男。
もし、カカシがこうして好機を待ち、ちょっとばかりの罠を張らなければ、この先もずっとイルカを抱き込んでいた筈の、ただ運がよいだけの男なんかに。

カカシが戦場で、ひとの生暖かい血を浴び続け命を張っていた同じときに、たまたま里にいて、イルカと出会い、なんの憚りもなく距離が近づいて、恋に変え。
そして、そのまま幸福な恋愛をするなど――そんなずるいことが許せるものか。

―――出会いさえ早ければ、イルカの真心を捧げられるのはカカシの方だったのに。

ご無沙汰の女体の誘惑に容易にぐらついた男より、自分を選ばせるだけの情をカカシは持ち合わせている。
それを先にイルカに打ち明け、真摯に伝え続けたなら、絶対にイルカはカカシに思いを返したはずだ。
この顔でも、身体でもなく、上忍の地位や、名の知れた強さ故でもなく。
ただ気持ちだけでイルカをの心を奪えた。

じぶんが一途で、まっすぐな分、イルカは同じ想いに弱い男だ。
この四年の付き合いで、その想像が都合のいい思い込みではなかったと、たしかな確信に変わっていたのだ。


だから、恋敵に罠を仕掛けた疚しさなど感じない。
仕掛けに落ちる方が悪い。女の白い乳房に喉を鳴らしよそ見をして。一瞬でもイルカを忘れたのが愚かなのだ。自分が何を無くすのか、気付きもせずに。


カカシは特に非難される積極的な手出しはしていなかった。
どこから露見してイルカに軽蔑されるか分からぬ卑怯な真似はきっちり避けた。
ただ、こちらがそそのかさずとも、勝手にイルカの恋人に興味を持っている女の存在を嗅ぎ付けたから利用しただけ。待っていたチャンスを間違えずに掴んだ、それだけのこと。

女は、なかなか見目がよかった。
体つきも、そそるくノ一だ。
その女を、イルカの繁忙期に合わせてその男と一緒にさせた。

先月、不特定多数の中忍の飲み会という場に、数人の上忍とくノ一を連れて「たまたま」混ざった。そして仕事で忙殺の絶頂にいたイルカとは久しく肌を合わせてないであろう男のそばに、彼に気のある女を寄せただけ。女が男に寄り添うのを、酒の席だからと咎め立てせずに、放っておいただけ。

深酒が引き起こす気持ちの緩みと、手管の固まりのようなくノ一の組み合わせで、二人が行き着く先を予想しながら、別の連中との歓談で気づかないことを装った。


それだけの、意図らしい意図も働かないような罠だった。
男が自分をしっかり持っていれば、何の陰謀でもない。


男が女の蜜壷に、取り返しのつかない「事実」を突っ込んだ最初の夜。
そのきっかけとなった飲み会の面子に自分も含まれていたこと、二人が寄り添う現場を見ていたことを。
イルカの打ち明け話を聞かされて、それに驚いた表情をつくってかえしながら、カカシは正直に白状した。
隠す気はなかったし、それを知ってもイルカが責めないことも分かっていた。
片割れがイルカの恋人であることを知っていたのに、注意しなかったこと。それを詫びてもイルカはカカシに不快感を覚えた様子ではなかった。
二十人近くの大所帯で飲んでいたのだから、カカシにはなんの非もない。
そこまで気にして監視してもらう義務もない。結局、誘いにのったあの男の自己責任に過ぎないからと。
しかも、一度の過ちで終わらさずに、久しく縁のなかった女の柔らかな肌を幾夜も味わいに出向いた男の浮ついた部分が、決定打としてイルカに別れを言わせた。

そして、自分が手にしているものの価値を考えたこともない無用心な男が、その指の透き間から零した大切なものを、カカシが手にする番がきたのだ。
イルカが恋の終わりを精算する酒の相手に自分を選んでくれた、と知った時点でそれがはっきりと確定した。









数時間後、足取りの覚束無いイルカを支えて店を出たカカシは、肩を貸しながらゆっくり夜の繁華街を抜けた。飲み屋の立ち並ぶ道筋を通り過ぎ、路地裏で足をとめると立ち止まる。それから、イルカの頬に手の平を当てた。
イルカは、アルコールで鈍った頭が夜風で少しはっきりし始めたとはいえ、その動きはまだ鈍い。気を許した相手の冷たい指先に、ふいに耳元を擽られ、そうしてあとに続いたカカシの言葉は、イルカをかなり驚かせた。


「イルカ先生、こんなときに言うの卑怯だって知ってるけど。……ずっと好きでした」


イルカはカカシ告白にぼんやりとした目を向けた。
けれど、その瞳の中には酒に濁っていない知性の光があった。
カカシが、ぎゅうっと抱き締めると、イルカはようやく意味を飲み込んであたふたと視線を泳がせる。

「…え、あ、…あの、カカシ先生?」
「好きです」
「でも、今までそんな。……本気で言ってるんですか?」
「うん、本気です。恋人と別れたなら、もう言ってもいいと思った。あなたが好きなんです。……ね、慰めていい?」
 ―――いいって言って、今夜だけでもオレにそれをゆるして?

 慰め、の意味にイルカは酒では赤らまなかった頬を真っ赤に染め上げる。

その色は、元恋人との仲を仲間内に揶揄されたときに見せた赤さよりもまだ赤かった。カカシはそれが嬉しくてならない。意識されるというのがこれ程嬉しいなんて知らなかった。

 ―――イルカはカカシを嫌いではないが、好きでなもないだろう。ただの好意だ。今ここに恋はない。そんなこと、知ってる。
まだ、そういう意味でカカシを好きでない。昨日の今日で、あっさり恋人から心を移せる軽いひとではない。
けれど――堪えがたいさみしさを慰撫してくれる、そんな仮初めの腕を。
抱き締めてくれるものを欲する己の気持ちを、すべて否定するほど、強くも頑なでもない。

信頼関係のある人間からの、ひたむきな気持ち。
突然打ち明けられた驚愕に戸惑いはあっても、イルカは拒絶しようとはしなかった。それは当然だ。恋人を失った今、なんの問題もない。
それはつまり、これからカカシの見方を変えられる、という可能性にほかならない。
今までそういう対象でなかっただけで、これから転ぶ余地は十分にあるのだと、
お互いに今気付いている。

腕のなかのイルカは、身を固くしこわばっている。
だが、決していやがってはいなかった。カカシを拒絶してはいなかった。弱った心ごと、その身体も自分に引き寄せようとするカカシの力に抗えずにいる。
魅力的な誘いであるはずだ。
恋人の裏切りで膝が萎えた足を払って抱き込んでしまうような、カカシの卑怯さを知っていて、イルカは詰ろうとしない。流されてもいいだろうか、と迷い始めてさえいる。
―――その隙を、カカシはこの四年間ずっと待っていたのだ。

「………俺じゃダメですか?」

カカシはイルカの目を覗き込み、尋ねる。

このままひとりで自分のアパートに帰っても、さみしいだけだ。多分、イルカ泣くだろう。それをイルカも解っている。

暗くて冷たい部屋に帰るくらいなら、このままオレの腕のなかで寝て。
オレが一晩中なぐさめてあげる。その間は、あの男のことを忘れていられるよ?

カカシはかき口説くように告げた。
イルカの心をとらえ搦め捕るために紡ぎ出す言葉。
――――逃げられやしないでしょう?

「ね、今夜だけ、オレのうちへ、一緒に帰って」

だめだと否定するだけの、気持ちの強さを失っている今のイルカを、カカシは、ずっと待っていたのだ。待ち続けてきたのだ。

イルカもそれに気が付いた。だから、ひとつしか与えられていないような狡い選択肢に縋り付くように、その想いの深さに敗北した気持ちで、カカシの背をそっと抱き返した。









その夜、カカシのペニスがイルカの中で、幾度も果てて居る頃。
イルカのアパートの前には、帰らぬ住人を待ち続けている男がひとり立っているのを、ひそかにその男に付けていたカカシの忍犬が物陰から見張っていた。

ちゅっと、はちきれそうなイルカの幹を掴んでカカシが何度もそこに口付けしてはイルカを鳴かせている間、中忍には気付かせない密やかさで忍犬から報告が届く。カカシはその時イルカの鈴口を咥え啜りあげながら笑った。

――――イルカがカカシの腕を振り切って、自宅に帰宅していたら、今頃は。

「ふ、う……ンっ、ああっ、あ、…い、いぃっ……」

イルカはカカシの突き上げに堪えようもなく喘ぎながら、カカシの腰に足を巻き付け、合わせるように尻を丸く動かした。
――――もしも、イルカがカカシの誘いを拒んで帰っていたら。
イルカは今頃あの男と寄りを戻せていただろう。
まだ、恋愛感情を抱いてない男に、身体で慰められる真似は必要なく、好いた相手としっとりとした夜を過ごしていただろう。

けれど、それが本当にイルカの幸せだったか、今となっては疑問だとカカシは思った。

なぜなら最初の抱き合いでカカシは知ったのだ。
男と長く付き合っていた癖に、イルカは、うしろを男でイかせてもらったことがなかったのだと。
驚愕したことに尻でイクのは今夜が初めてだった。

「あ……ああ、んっ」
「可愛い。ねえ、もっと声だして」

カカシは促して、奥に挿入したものをゆさゆさと揺すった。
イルカとカカシのセックスは、この時点で既に彼の淋しさを埋める行為ではなく、今まで満たされたことのなかったイルカの欲を満たす快楽そのものにとってかわっていた。

もしあの男とのよりを戻していたら。
こんな風に、今までなじんでいたものより大きなもので抉られることに、夢中で喘いで腰を振っているイルカは居なかった。

あの男はよほど自分本位か、技術がなかったのだろう。または後ろを突いてやっていても、イルカがイクまでもなかったのかもしれない。
女相手ではどうだったしらないが、男はイルカが初めてだったらしい。
聞き出したところ、その男はイルカのなかでいいように果てていたそうだが、イルカはいつも同時に前を擦られ、それで達していたのだ。男との性交はそういうものだと二人で信じ込んでいた。



「はやく、オレをすきになって」



カカシは自分の身体のしたで、快楽に跳ねるイルカを押さえ込み、腰を使いながら囁いた。

オレなら、あなたを悲しませない。
あなたが忙しくて相手にしてくれない位で、浮気もしない。それに今まで床の下手な男にだまされてた分も取り戻して、お釣
りがくるくらいにうんと可愛がってあげる。
だから、オレをすきになりなよ。はやく。はやく。
オレに溺れて楽になって―――


朦朧とした意識で、喘いでいたイルカが、そのとき初めてカカシさん、と甘えるように名を呼んだ。
応えるように口付けを交わしながら、イルカに見えないところでカカシは指先を素早く動かし印を組む。
そして―――特殊な瞳術のチカラを秘めた紅い瞳を働かせ、淫奔に睦みあい、絡みあってひとつになった映像を、離れた場所でイルカを待ち侘びる男の脳裏へ送り付けた。

男の視覚にダイレクトに届く、恋人だったイルカが別の人間に抱かれている様子。
今、この瞬間にどこかで行われているコトなのだと術の気配によって教えられ、男は蒼白になった。
からからに乾いた喉がうまく動かなくなり、ざらついた音を開いていくその口から漏らす。
イルカを抱いている相手が、イルカのよき友人であったはずの、その写輪眼のカカシだと、クリアな映像から同時に見せつけられて、唇がわなわなと震えた。
奪われたのだ―――、とやっと気付いた。



気付いても今更、無駄だよ
このひとは二度と取り戻せない
もう、オレのものになったんだから



男にそんな幻聴が聞こえてくる。届いているのは映像のみで、そんな言葉は実際にはよこされていないと解っている。解ってはいるが。けれども。

拒絶もできずに一方的に送られてくる映像のなか、イルカのカカシを見つめる潤んだ瞳には、既にカカシだけが映りはじめていた。






end

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