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* ガチャピンとムック 2


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 カカシさんは大変ですねえ、繊細ですねとイルカ先生は、その後
事あるごとに感心してみせた。


 普通、思いがけないタイミングで、何の恥じらいもなく唐突にキ
スされたら驚くし、呆気にとられるし、頬のひとつぐらい染まる。
 カカシは顔の殆どを隠してるから、露出した肌が赤く染まったの
で、それがバレたのだが。

 そんなことを平気で仕掛けるイルカというひとは、脅威を覚える
ほどカカシとは別人種だった。

 まず、距離をとらない距離をとる。
 スキンシップ過多というか、ためらいのない触れ方をひとにする。
  変な遠慮はまずしない。
 子供相手でいつもこの調子なら、そりゃあいい子に育つだろう。
  とにかく先生が似合うひとだった。
  言葉にもてらいがない。そのせいか、すごく安心感がある。
 大ざっぱなのに、ひとを深く傷つける物言いは絶対しないから。
そういうところも教師が適任だ。
  付き合う相手としては、びっくりの連続だけど。


  善は急げと言わんばかりに、カカシはイルカに一日が終了するま
でに三度唇を奪われて、次の日には、自宅に引っ張り込まれた。

  イルカ先生は強引というか、せっかちとは違うと思うけど本当に
自分のぺースで動くひとで、恋愛事はゆっくりじっくりが普通だと
思ってたカカシの度肝を抜いた。
  真面目なひと。木訥なひと。やさしいひと。
  それは本当で、でも意外性もあり余るほどだった。とにかく何に
つけてもパワ−に溢れたひとなんだなあと、認識を改めたところで
逆らえるほどの元気はないカカシはイルカに流され続けた。

  寝室まで手を引いてって鉢金に一度触れ、イルカはカカシの斜め
に巻かれた額当てを外してもいいか訊いてくる。
  泊まるか直截に問われるよりはムードがあって、こんな時ぐらい
はイルカも猪突猛進じゃないんだと知る。いつも隠している顔が全
部さらけ出されると、格好イイですねと褒めてくれた。
  はにかむみたいな笑顔に堪らなくなって、そのままなるようになっ
てしまった。


 擦り寄られて、下半身がたぎった。
 いつもと勝手も手順も違う行為。
 イルカの身体のなかはびっくりするほど熱くて、狭くて、最初は
無理、入らないと思った。
 時間をかけて何とかカカシをおさめて。イルカに怪我を負わせる
こともなく最後までできたときは、すでに疲労困憊だったけれど。

 最中、イルカの喘ぎにはやはり痛みも混じっていた。揺さぶりな
がら、前を触るとちゃんとイってたけれど、どうだったのかな。無
理させた。カカシと抱き合う行為はいやじゃなかっただろうか。
 でも、ちゃんとイルカの脚はカカシの腰に絡み付いていたのを次
第に思い出して、稚拙で幸福な感動に照れた。

 
 それから、覚えた快楽の深さには呆然とした。濃密なシロップに
でも浸されたみたいだ。終わったあと身体がうまく動かない。弛緩
した身体を俯せて、カカシは肘をシーツに立てて肩を起こす。どこ
か呼吸が整わない。汗がひかない。腰は重くて気持ち良くけだるい。 

  イルカは先生の方は――? とそっと視線を動かすと、イルカは
笑いをかみ殺してシーツの中からこちらを見ていた。

「カカシさんて、蝉みたい」
「…蝉?」

 情事のあとの睦言にしては、色気に欠けるし、不可解だった。
  ガチャピンに似てると貶されたことは多々あれど、昆虫そのもの
に似てると言われたのは初めてだ。蝉。せみ。黒っぽくて、胴体が
不気味な段々腹で羽根がザリザリしてて夏にジージーうるさい、七
日しか生きられないという、どこをどう譬えられても嬉しくないア
レに?
  何かの意趣返し?

「ひどい。先生」
「ひどくないです。見たことない? 蝉のサナギが羽化するとこ」
「飴色の抜け殻なら、ありますけど…」

 木の葉の里は緑が多い。夏場、木々のそばに転がってる蝉のサナ
ギの抜け殻なら珍しくも何ともない。 

「オレね、生徒と授業の一環で、羽化するために地上にでてきたサ
ナギ、観察したことあるんです」
「おもしろいの」
「うーん。うまく説明できるかなあ」
「むずかしい話?」
「オレ、語彙がないから…。実際に見せてあげたいな。きれいなん
ですよ、すごく」
 それは嘘だと思った。蝶の羽化ならまだしも。蝉だ。現れるのは
黒とか焦げ茶色の見目よくない虫だ。生徒に生命の不思議を説く良
い教材ではあっても、きれいな筈がない。
「うそ」
「ホント」
 イルカは小さく笑って、カカシに「やっぱり似てる」と繰り返し
た。

「蝉ね、背中から割れるんです。キャラメル色のさなぎの背中から、
白いロウソクみたいな、縮こまった生き物が外に出てくる」
「蝉黒くない?」
「黒くないですよ。羽化した段階では真っ白。やわくてぎゅっとし
た感じ。さなぎの中におさまってたから、羽根も縮こまってるし、
全身が柔らかいし」
「あ。…オレ、白いの気になりますか」

 カカシの体色は白い。生まれつき、ひとよりかなり色白で、へた
をすると女よりも肌が白いくらい。異質といえば、確かに否定でき
ず、それを気にした女も過去にいた。
  困惑気味に問うと、イルカは喉で笑って「いいえ」とこたえた。

「カカシさん、羽化した蝉に似てるけど」

 イルカの指がこっそりのびてきて、腕に触れる。

「似てるとこは色じゃなくて。――羽化したあとね、一晩かけて柔
らかい体が固まるの待つんです。体液が全身に行き渡って、羽根が
じわじわとのびて広がる。そうして飛び立つ準備を」
「先生?」
「似てた、仕草が」

 発熱したみたいに、まだ鈍った思考では、何のことだか分からな
かった。仕草? なに? ――イルカ先生はこそばゆいくらいの囁
き声で。


「ふるえて痺れて、うれしそう。肩甲骨が、きれいですね。充足し
たかんじの呼吸」


 今の幸せな心地を。そんなふうに言葉にされるとは思いもよらな
かった。カカシは照れ臭くて、恥ずかしかった。でも、それ以上に、
胸に湧き上がる――想い。

  やっぱりイルカ先生は変わってる。ものの見方も、表現も。
  それから――趣味も。イルカが褒めるのは、きっと万人受けはし
ないものだ。先生はそう思ってないみたいだけど。
  でも、イルカ先生が思う「とても良いもの」に例えられると、自
分もそうなれた気持ちになる。とても良いもの。すてきなものに。
 
 このまぶたを褒められた、あの時の、天にものぼる心地と同じに。

「イルカ先生は?」
「オレもうれしいです」

 一緒ですね。そう笑ってくれる。顔の距離の近さに、恥ずかしい
のに、もっとと思う。
 イルカが腕に触れたのも同じ気持ちからだと思いつき、カカシは
遅まきながら、この状況がどうなってるのか理解した。少し吃驚し
た。

「イルカ先生、オレが好きなんですね!」
「そりゃあ好きじゃなかったら、こんなことしないです。そもそも
付き合ったりしません」

 眉をしかめて、でも怒らずに答えてくれた。

「うん」

  静かな呼吸がくすぐったい。
 カカシはイルカが好きで、イルカもカカシのことが好き。なんだ。
両想いだったのか。ちょっとくらいは好かれてるらしい、程度の認
識でしかなかったのが申し訳ない。イルカ先生の、いいなあ、は好
きと同意義で。イルカがあっさり頷いたり楽しそうに見えたり、や
たら捌けてたのは、好きな相手とのコトだったからで。
 
  追いかけて来てくれたのも、そりゃ恋愛感情が芽生えてたなら当
たり前だし(好みって、好きって、まんまじゃないか)。
  自覚が遅くて、後追いだったカカシと違い、自覚ばっちりのイル
カ先生は、だからあんな言動だったのか。

  意外と実は浮かれてたのではなかろうか。

 そう考えたら堪らなくなって、イルカを抱いてカカシは顔中にキ
スをした。鼻の傷がかわいいな、と思ったりもした。昨日、イルカ
から奪われたときは、このひと見かけによらず積極的なんだと驚い
たりしたけれど、好きなら、触れたいのなんて当然だ。素直で率直
で。そんなとこイルカは格好いい。

  ―――相手のことは追い追い知ればいいなんて、そんなのいい加
減だと少し思ってた。

  でもそこに、知る意志が、続いてく明確な意志があるのなら、やっ
ぱりイルカ先生は、自分にはもったいないほど頼もしくて、すてき
なひとだ。
  現金なことに、後から後から、イルカ先生の良さに気付いてる。
  ひとを深く傷つけない、尊敬できるひと。やさしくて、よく笑っ
て明るい。――とてもすてきだ。


「イルカせんせい、ガチャピンて好き?」
「朝のテレビの? うん好きです。すごく可愛いですよね」
「オレ、それに似てる?」

 あえて先に聞いてみたのは、イルカにだったら似てると言われて
も苦じゃないかもしれないという想いと、どう見えるのか確認した
い気持ちから。

「――カカシさんが? 似てるかなあ。どうだろう。どっちかって
言うと、カカシさんはオレの初恋の相手にソックリだから」 
「えええっ!?」

  イルカの返事は予想外の代物だった。
 なんてコトだ。じゃあオレはその相手の身代わりなのか。 
  そんなのひどい、と抗議すると、イルカはべッドの近くの棚の写
真立てを手にとった。見せるつもりなんだ。カカシは目をつぶって
首を振った。
「ひどいよ、先生」
「ひどくないですよ。すっごくカッコイイんですよ」
「そういう問題じゃないよ。何ですか。その写真立て。いまだに写
真飾っとくくらい未練があるってことですかっ」
 幸せ気分が台なしだ。

「未練てゆーのも違うけど。だって、家族で最後に飼った犬だし」
「へ?」

 ……………犬?
 背けてた顔を、そろーっと写真に向けると、写っていたのは確か
にイルカと犬だった。三歳くらいの幼いイルカ。古い写真は少し褪
せてるが、イルカとその腕に抱かれた被写体は、はっきり写ってる。
犬。まさしく犬。

「………てゆーか、パックン?」

  よく見知った小さなパグ犬。
 まぶたは重くて、その眠たげな顔。
 ―――カカシの忍犬の一匹と瓜二つなワンコがそこに居た。 

「パックンて、……何ですか?」

 イルカが不思議そうに聞き返す。呆然のていだったカカシは無防
備にポロリと自分の忍犬の存在をばらしそうになるが、すんでで踏
みとどまった。
これ以上恋敵を増やしてたまるものか。
イルカには絶対、初恋の相手とウリ双子なパックンは会わせないと
心に誓う。

「なんでもないです。独り言です。それより先生、初恋の相手って
犬だったの? 人間じゃないんだ」

 犬とソックリ扱いはこの際どうでもよい。カカシは愛犬家である
し、犬と飼い主は何故か似るという。カカシとパックンも、その例
にもれない。カカシは露骨に話題をパックンから逸らした。

「あはは、オレ3歳だったし。忍犬になれなかった犬なんですが、
すごく賢くて、赤ん坊の頃からオレをずっと守りしてくれてて。ね、
見た目もカッコイイでしょう」

 イルカ先生は蕩けた表情でそう言った。

「……笑うって言わなかった?」
「犬も笑いますよ。にこーって。優しくてメロメロでした、オレ」
「……オレにもそうなってくださいね」

 犬は好きだけど。犬に負けてるのはいやだ。
  そんな風に思うのも、実際口にだすのも初めてで、過去の自分は
言葉が足りなさ過ぎたかな、とカカシはふいに思った。

 イルカ先生は何でもズバズバ言うひとだから、カカシもつられて
口数が増えてる。会話は相互理解に不可欠だ。
 もう少しそこを考えてやれば少しは違ったのかと。もちろん、今
までの相手は気の強いくノ一だったし、カカシの気持ちを信じては
くれず、決定的な破局理由に顔が我慢できないとか言ったし、一方
的にカカシが悪い訳でもなかったのだろうが。

 ―――イルカ先生だったらどうするかな。

  不安、不信。このひとは抱え込まないで、カカシに不満があれば
その都度言うだろう。唐突な破綻はきっと訪れないだろう。
  まぶたが重い。アレに似てていや。普通別れの理由にならないさ
さいなことを論われて、それがいけないことのように言われて、問
題の本質をごまかされたまま、突然終わらせられたりしないのだ。

  それにイルカ先生は、オレのこのまぶたが好き。
  いやがったりは絶対にしないんだ。それは、とても幸せだと思っ
た。



「カカシさんは、オレがすきなんですね」 
 さっきの仕返しか、イルカは含み笑って、カカシのお願いにそん
なつれない返事をした。
「大好きです。えっと、気が付くの遅いです」
「知ってましたよ。恐竜の子供より、ずっと可愛いカカシさん」
 イルカ先生はくすくす笑ってた。カカシは意味がわからず睫を瞬
かせる。
「なんです、ソレ」
「え、ガチャピンのことですけど? カカシさん知らないんですか」
「え! あれ、芋虫のお化けじゃないの……っ!?」

  ガチャピン。――きょ、恐竜?
 てっきり黄緑色の幼虫を擬人化したお化けなのだと思ってた。

  甘い会話は頓狂な叫びに、一時中断を余儀なくされた。



*



「これがガチャピンです」
「知ってます」
「恐竜のお子様です」
「……さっき知りました」

  正確には昨夜だが。

 ――身も心も結ばれた幸せな翌朝、カカシはすごい時刻にたたき
起こされ、テレビのまえで正座の姿勢で「ポンキッキーズ」を観せ
られていた。
  隣には、立って腕組みして見下ろしている寝起きのイルカ先生。
  おろした黒髪が、無造作でボサついて、多少寝癖がついてるのが
なんかいい。
  いいんだけど――怖い。怒ってるからだ。

「これのドコが、芋虫に見えます!?」

 イルカは、授業中はいつもこんなかなという迫力で、カカシを見
下ろしてる。

「えー? へんに黄緑いろだし、頭丸いし、腹にピンクと黄色の不
気味な縞が……あるとこ?」

 全部? と子供を真似て可愛らしく首を傾げて見せたが、イルカ
先生はお気に召さなかったらしい。筒状に丸めた朝刊でパコンと小
気味よくカカシの頭を叩いた。
 うみの宅は新聞とってるんだ、と要らぬ感慨を覚える。カカシは
そんなものとったことがない。

「ガチャピンに謝ってくださいっ。こんな可愛い目をした生き物を、
芋虫呼ばわりだなんて」
「……イルカ先生の趣味は、少し問題がありますよー。オレが言う
のもなんですがー」

 ついでにいうと、自分だってカカシのことを蝉みたいとか虫に例
えた癖に。それは構わないらしい。確かに意味が違うけど。

「何言ってんですか、カカシさん。だってあんたはガチャピンを芋
虫の妖精かなんかだと思ってたんでしょう?」
「妖精……。いや、お化けとかですが、まあ」
 さすが重いまぶた愛好家。イルカ先生にはアレが妖精に見えるの
だろうか。
「それで、ひとからガチャピンに似てるって言われて、芋虫に似て
るって話と勘違いしてたんでしょう!? 今まで!」
「はあ」
「そんな失礼な話がありますかっ。こんな可愛い目々に例えられて、
よりにもよって芋虫なんて」
「あ、そこ怒ってたんですか? イルカ先生」

 大好きなイルカ好みの生き物が芋虫風情に見られていたことへの
怒りだったのか、と見返すと。

「怒りますよ! 違いますよ! 腹も立つでしょう。自分の恋人が
悪く言われたって話にも、その引き合いにだされたのがガチャピン
だってことも!」
「………えと、イルカ先生?」
「――悪口なんでしょう? カカシ先生が元彼女に似てるって言わ
れたの。よく理解できないセンスだけど、それくらいオレにだって
解る」
「……………」

 昨夜、ガチャピンの正体が芋虫ではなく、恐竜だったと判明して
から、話題が勘違いの原因に及んだ。カカシは恋人だった女から似
てると言われるまで、ガチャピンという存在をまったく知らなかっ
た。それを告げられ、ソレが朝の番組に出てるキャラクターだと知
り、どんなものか、一度だけ見てみたのだ。

  カカシは朝に弱い。寝ぼけた頭で一度だけみた、ガチャピン。
  カカシの眼には芋虫以外の何者でもなかった。
  目つきは、まあ確かに――似てた。


  そんな経緯を説明すると、イルカは、ちょっと怒ったような傷つ
いたような困り顔で、朝が早いから寝ましょうねとカカシを寝かし
つけた(翌日は休みだと言ってたのに)。
  ―――そして朝から、お説教してる。


「ガチャピンはね、芋虫じゃないし、カッコイイ恐竜になるエリー
ト候補なんですっ」
「…ハイ」
「ああ見えて、すっごいスポーツ万能で、ボブスレーもローラーブ
レードも、乗馬も合気道も、何だってこなすし!」
「うん」
「だから、悪口だとしても、アナタは傷つかなくていいんです。ガ
チャピンは可愛いし賢いし、カッコイイし! それから、そ、それ
から…っ」
「うん、イルカ先生」

  うん、そうだね。
  イルカの連ねる言葉ひとつひとつ。

  もう、胸が詰まって頷くことしかできない。
  カカシは寝ぼけ眼をめいっぱい見開いて、それから泣き笑った。


  ―――イルカ先生は変わってて、好きなものも変わってて、カカ
シのまぶたをカッコイイって、すてきだと褒めてくれる。
  もう済んだことなのに、傷つく必要はないと、なぐさめてくれる。
代わりに怒ってくれる。やさしい。とてもやさしい。怒ってても優
しい。どうしよう。しあわせだ。 


 衝動でも勢いでも、この人と付き合えて良かった。
  本当によかった。


 ―――恐竜の子供よりずっと可愛いカカシさん、と囁いた声が耳
に残ってる。
 いいなあ、とカカシを見て言ってくれたあの笑顔も。
 イルカ先生が、このひとが好きになってくれるなら。
 自分は、こんなまぶたでよかった。
  だって、先生のおかげでカカシは今、世界一の男前なのだ。イル
カがそうしてくれたから。
 イルカは確かに特殊な趣味で、世間一般の主張とはことなるのだ
ろうけれど。イルカだけでも素敵だと思ってくれるのなら、べつに
他人にどう見られても構わない。
そう、そう思えたのだった。



「ありがとう。いるかせんせい」
                 
  

 それから。
 ―――二人で仲良く並んで朝の番組をみた。
  ガチャピンのお友達というものがいることを、カカシは初めて知っ
た。もう一匹の赤い生き物は、ムック。雪男なのだとイルカ先生が
解説してくれた。イルカ先生は物知りだ。
  ムックはモサモサしてる。温和で礼儀正しい。

「カカシさんがガチャピンなら、オレはムックかなあ」
 イルカ先生が言った。
「何で〜? 似てませんよ」
 カカシはイルカに似てるものなんて、この世にひとつとしてない
んじゃないかと思う。特別なひと。ムックなんて論外だ。

「似てなくてもムックがいいなあ」
「どうしてですか?」
「だって、いいじゃないですか。ガチャピンとムックって」
「ねえ。なんで笑うの」

 言葉尻は、くすくす笑いに溶けてしまった。そのまま恋人らしい
スキンシップが続いて、顔をくっつけて、すりすりと。
 カカシが昔夢見たことそのままの情景だ。
 やさしくて可愛いひとと、仲良く過ごしたい。
 とっくに、あきらめていたのに。
 ――叶ってしまった。

「ねえ。なんでイルカ先生がムック?」

  答えをねだって、でもイルカは答えをくれなくて。応酬が続いて、
ひとしきりじゃれる。
 しばらくしてようやく笑いをおさめたイルカは、ブラウン管を指
さし、こっそりと内緒話みたいにカカシに耳打ちをした。


「ガチャピンとムックはね、いつでも一緒だから」

 
  ずっと一緒にいたいから。
 ――そういう話。
  













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