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 懐古調イチャパラ 1 


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 カカシちゃんは、男の子じゃないのかなぁ。

 
  イルカの頭にはいつもそんな疑問が過る。
  カカシちゃんは数えでひとつ年上だから、六つ。でも、身丈はあ
まり変わらない、お隣の家の子だ。きれいな着物をきた、どこから
みても女の子ではあるのだが。
  いつも。いつでも。考えてしまう。
 ご飯を食べて、かあちゃんに、ごちそうさまを言うとき。
 風呂で体を擦ってるとき。
 寝る前に行灯(あんどん)の火を落とすとき。
(カカシちゃんは、男の子じゃないのかなぁ?)
  疑惑は晴れずに、日に日に大きくなっている。


*


  寺子屋で先生をしている父親に弁当を届けた帰り道、イルカは家
には戻らず、そのままお隣の庭先に潜り込んだ。
「カカシちゃーん。起きてるー?」
「起きてるよ。お上がりよ」
  高くもなく低くもない。控えめなのに、不思議によく通る声が応
じる。
 閉め切られた襖が少しだけ開いて、小さくて真っ白な手がにゅっ
と突き出し、手招きをした。まるで雪ん子の手だ。
 その手が引っ込んだのを追うように、イルカは草履を揃えて脱ぎ
広縁に上がり込むと、呼び込まれた部屋に飛び込んだ。
 カカシは、敷かれた布団の上で、ちょっこりと正座していた。
 くあぁ、と猫の仔みたいな音を立て欠伸までする。

「ほんとはまだ寝てた?」
「ん」
「もうお昼なのに」
 イルカは少し呆れてみせて、カカシにならって布団の上に腰を下
ろす。
「ん。だから今度はお昼寝しようと思って。イルカちゃんが来たの
なら、もう寝なくていい」
「いいの?」
「ん」

 カカシは――体がとても弱いのだそうだ。そうは見えないけれど。
 親の言い付けで外には出してもらえないし、自室で寝てばかりい
る。それが理由でよその国から移ってきたらしい。
 こちらで養生して健康になるために。
 一時期は近所でかなりの噂になっていた。うちに籠もってばかり
いて、どうよくなるのか、こどものイルカにはわからないが。

  とにかくカカシはいつも寝てる。いつ訪ねても寝ている。
 イルカにはただの昼寝好きに思えてならないのだが、嘘をつく理
由もないので、病弱は本当のことなのだろう。一日中部屋に籠もる
なんて、絶対に詰まらない。仮に嘘ならきっと凄く忍耐がいる。イ
ルカなら堪えられない。外で虫を捕ったり川遊びしたりできない暮
らしなんて。絶対にいやだ。
 カカシの抜けるように白い肌は、外を出歩かぬ何よりの証しだっ
たから、一度も体調を崩して寝込んだ様子はなくても、カカシの体
の弱さは疑いようがない。

  この住まいに移って来た当初、カカシの姿を見かけた近所のもの
は一様に心配して、頼まれなくてもこぞって評判の医者を紹介した
ものだ。

  一年経った今でも、そのカカシの白い顔は相変わらずで。
  健康に近付いた風ではない。かといって悪化した感じもない。
 着付けた絹地の赤い小花模様の着物と、刺繍の入った白い帯の如
何にも高価そうな様子も相変わらずだ。
 こどもの目にもカカシはいつもいい着物を着てる。普段でもイル
カの母のよそ行きと同じくらいに良いものを。
  カカシの親は片親だが羽振りは良いようで、お屋敷住まいだし、
カカシの部屋の箪笥ひとつ見ても、大層立派な拵えだ。体の弱い我
が子を不憫に思うのか、しょっちゅう新しい着物を誂えて着せてい
る。外に着てもいけないのに。
  立派な晴れ着のカカシ。
  まさか、この格好で寝るつもりだったのだろうか。
  着物が皺になるのに?
  いや。よく見ると既に裾にしわが走ってる。
  イルカは、以前母親に小言をくらったことを思い出し唖然とした。

「ずっと着物のままで寝てたの? 怒られるよ」
「先生はべつに怒らないもの」

 カカシは父親のことを、なぜか先生と呼ぶ。
  父ひとり、子ひとりの家庭の複雑さ故だろうか。近所のひとの前
ではちゃんと、おとうさんと呼んでいた気もするが。
  まあそんなことは今更で、イルカはもっと別のことが気になった。
  何度か言ってはみた問いかけが口をつく。

「………カカシちゃんは、やっぱり男の子なんだよね?」
「ちがうよ。カカシは女の子。女の子だよ」

 拗ねたように言い募るカカシは、きれいな着物を着て、帯を締め
て可愛い形に結んでる。
 唇は紅をささずに、でもさくらんぼの色で。髪の毛はお婆さんみ
たいな不思議な色をしてるけど、それに結ってもないしイルカより
短いけど、こしがあってつやつやしてる。
  睫もおんなじ色で、伏せると白っぽい銀の櫛みたいになる。
  寺子屋をのぞいても、小間物屋をのぞいても、カカシみたいな子
はいないし、カカシより可愛い子もいない。
  カカシはイルカが知る、女の子や女の人達の誰よりも、顔立ちは
可愛いらしい。
  それは本当だ。
  でも。イルカにはなぜかわかってしまうのだ。

「うそだ。ぜったい男の子だよ」
「女の子だってば」
「うそ」

  知らず、張り詰めた声になってしまう。
  だってカカシは高価な着物に皺が寄っても気にしない。
 普通の女の子なら嫌がる、カエルやバッタやトカゲを怖がらない
カカシ。手のひらに乗せて、しげしげ眺めることもあった。外に出
られないカカシにイルカはそういうものを何度もあげた。お土産だ
と渡すとカカシは笑顔で受け取ってくれた。
「女の子だからね?」
 カカシはやんわりと言い、何か考えるように小首を傾げた。
 そして、
「証拠に、いい匂いもするでしょう? ほらこれ、女の子の匂い」
 恥じらいなくイルカの頭を抱き込むと、カカシは着物に染み込ん
だ香を嗅がせた。
 そこはひどく甘い甘い薫りがしていた。
  カカシのどこかしこからも同じ匂いが漂っている。イルカはそれ
を一度確認するように深く吸い込んでみて、首を横に振った。

「これ、匂い袋の薫りだもん。かあちゃんが持ってた。付けてると
いい匂いになるんだよ。女の子だからじゃないよ?」
「でもね、カカシは女の子だもん。イルカちゃん、夫婦になるって。
カカシをお嫁さんにしてくれるって言った。言ったでしょう?」

 だから女の子だもん。ね? とイルカを抱き寄せたまま尋ねる。 
 確かに、イルカはそう言ったことがある。
 カカシと知り合って仲良くなって。とってもかわいらしかったか
ら、大好きになった。
  お嫁さんにして、とカカシが言い出したとき、一も二もなく頷い
た。しかし、カカシが男の子だったら話は違ってくる。


  男の子は、イルカのお嫁さんにはなれないのだ。
 こんなに好きなのに。


「でも、でもね、カカシちゃん」           


 その事実を思い出し、イルカはべそをかきそうになった。
 カカシはイルカからぐっと身を離すと、神妙な顔で、


「じゃあ、カカシが女の子の証拠、見せる」


 と言って後ろ手に突然、帯を緩めだした。


「イルカちゃんは、カカシと夫婦(めおと)になるひとだから」


 見てもいいからね。
 そう言って布団の上でひざ立ちしたまま、帯をあちこち引っ張る
と、手を合わせにかけて、肌を出してしまった。 


「カカシのお胸、触ってみて。女の子だから。ね、女の子のお胸で
しょう? 触ったらわかるよ」


 カカシはイルカの手を引いて、ぺたりとしたそこに触れさせた。
 イルカは困った。女の子のお胸は触ってはいけないんじゃないか
と思ったけど、まだ五つなので、大した禁忌は感じてない。興味の
ほうが先に立つ。
 カカシのお胸は真っ平らだ。本当に女の子だとしても六つでは膨
らみなどある訳もなく、比較対象のイルカの母みたいな乳房じゃな
いのは当然だ。どのへんが女の子らしいのか、ちっともわからない。
 カカシは真っ白い肌のうえに、左右二か所、桃色の丸がある。そ
こに小さな尖りもふたつ。色は違うけどイルカの裸とやっぱり変わ
らない。

「イルカと一緒だよ、カカシちゃん」
「うそ。ちゃんと触って」
 カカシは柔らかな頬を膨らませ、上目使いに抗議した。
「もっと。もっと。ね? ぜったい違うから」

 カカシが言い張るので、イルカは布団の上に座り込み、首を傾げ
つつもカカシのお胸を両手でぺたぺた触りまくった。


「あ、ふ」


 イルカが左の尖りを指で摘まんでみたとき、カカシが小さく啼い
た。イルカは自分の指ばかりみていたから、カカシがどんな表情を
しているのか見ていなかったので驚いた。


「カカシちゃん?」
「つ、続けて」


 カカシはねだるような声を洩らした。カカシの頬は紅潮し、むず
がゆそうにしてる。 


「イルカちゃん、はやく」


 せかす声音に負け、イルカはおそるおそる、今度はカカシの顔を
窺いながら尖りの部分をゆっくり捏ねた。カカシは何故か食いしばっ
たようにしたり、綻んだ唇から不思議なうめき声を洩らしたりした。


「ん、ん、」
「カカシちゃん?」


 問いかけには、答えず、カカシはうつつな顔で、喘いだ。夢中で
イルカに胸をいじらせ続ける。
 イルカが体を撫で回すのが、カカシは気持ち良いのだとわかり、
イルカはおののきながらも協力した。イルカの小さな手が、肌を辿
る。肝心の――女の子なのかどうかの確認はできないまま。


「な、なめてみて…」
 カカシはもじもじと赤い顔で要求した。
「え?」
「カカシの、今触ってるとこ」
「え」


 目を丸くして、手をとめたイルカに、カカシの熱い吐息に声をの
せた。

「先生の本に、載ってた。めおとになったらそうするの」
「で、でも、カカシちゃんとはまだ」
「ん。まだだから。それだけして。本当は他にもいろいろするんだ
よ。でもね、まだ夫婦じゃないから、ちょっとだけ」

 ちょっとだけ。ちょっとだけだから。そう言ってカカシはイルカ
の着物に手をかけた。帯から上をはだけさせ、抱き着くと引き倒す。


「こうしてね、脱いでね、ふたりでお布団に寝転んでするの」
「え、でも……」


 内容にどうにも淫靡な匂いが感じ取られ、イルカは戸惑った。
 カカシの上で少し身を起こす。
  真下にある小さな顔。寝そべりかき分けられた前髪の為、珍しく
おでこが露になっている。両眼は青にも見える灰色だ。上半身から
視線をそらせば、着物から突き出した白い足の踝が見えた。足袋は
元から履いてない。

「イルカちゃんはカカシのお婿さんだもの。これはお婿さんがする
ことだもの。しようよね。カカシのお胸触れるのはお婿さんだけな
んだよ。カカシは女の子だからね、見せるのも触らせるのもイルカ
ちゃんだけなの」 

 熱っぽい顔でカカシは説いて、イルカの首に腕を回すと、唇を合
わせた。

 口吸いだ。知ってる。口吸いは女の子と男の子がすることだ。
  じゃあ、やっぱりカカシは女の子なのだろうか。
  ちゅうっと吸い付く感触は特別なものだった。
  初めての口吸いに、イルカは心臓がドキドキとした。
  しかも相手は大好きな、可愛らしいお隣のカカシちゃんだ。
  カカシの柔らかいくちびるが、イルカの口に何度も接触する。
  ちゅっと小さな音が立つ。気持ちがいい。イルカの肌は首まで朱
に染まる。カカシはイルカの口を何度も吸い、子猫のような赤い舌
をだし、ぺろぺろと唇を舐めた。


「イルカちゃん、だいすき。カカシのお胸、ね、触って」


 潤んだ瞳でねだるカカシに飲み込まれて、イルカはカカシと掛け
布団の上に倒れ込んだまま、カカシの胸をやんわり撫でた。 
  まだ愛撫の意味も知らない、でも上下に喘ぐ胸を弄ることが特別
な意味があることくらいわかる。
「好き。イルカちゃん。好き」
 伏せられた銀色の睫が震えて、告げた。
「ねえ、好き。ちゃんとカカシをお嫁さんにしてね?」
 カカシの言葉にイルカは泣きたくなった。可愛い。こんなに可愛
くて誰より特別だと思うのに。イルカが触れるたび、ひくひくと引
き攣る目の前の体を前にしても。

 ―――カカシちゃんは男の子なんだ。 
  そうとしか思えない。どうしよう。思えないのだ。
  どうして解るのか。そう確信してしまうのか。誰もがカカシを女
の子だと認めているし、本人だってそう言ってる。カカシの父親の
「先生」だってカカシを娘として紹介した。
  カカシはいつだって女の子の着物をきていて、イルカにお嫁さん
にしてねと言って。

(でも、カカシちゃん)

  わかってしまうのだ。誰より大好きだからこそ、お嫁さんにした
いくらい好きだからこそ、理屈抜きにわかってしまう。カカシの正
体を、間違えず、見抜いてしまう。
  カカシの「本当」は、決してイルカのお嫁さんにはなれない。
  カカシの「真実」は、イルカとずっと一緒に居られない。
 どうしよう。どうしよう。どうしたらよいのだろう。 
  いつだって寄り添っていたい相手なのに。
  イルカは別離に、決して遠くないであろうそれに、目の前が赤く
染まった気がした。涙が一粒ポロリと零れた。それは想像しただけ
で幸福からとても遠い。なんて遠くて悲しい。

「イルカちゃん? どうしたの?」

 心配そうにカカシが言う。イルカの頬に、雪ん子の手。御伽草子
に出てくる寒い国の雪ん子のような。カカシちゃん。不安げに見上
げてくる潤んだ目に、イルカは頭の中がぐしゃぐしゃに絡んだ糸に
なる。

「カカシちゃん」
「ん?」
「カカシちゃん。カカシちゃん――」

 五つの幼さでは処理できない嘆きが噴き上げて、イルカはしては
いけない行動にでた。
  身を起こし腕をぐい、と伸ばす。カカシの膝を割り、着物の裾を
捲り、――掴んだ。揺るぎない、確たる証しのその場所を。
 カカシはソコに何も身につけていなかったので、イルカの指は、
女の子なら在るはずのない性器を、ぎゅっと掴んでいた。
 ぎゅっと掴んでしまった。



「…イ、ル―――…?」



 カカシは痛いくらいに握られたまま、声を失う。

  見上げてくる眸はこれ以上ない程見開かれ、どうして、と訴えて
いる。その暴挙をではなく、唐突な裏切りを。
  あれだけ繰り返したのに。女の子だとそう言ったのに。
 イルカには説明できない。悲しくて、辛くて、こわくて。だから。
極度の混乱が、自分で自分の首を絞めるような真似をさせたなんて。
ちっともわからない。ごまかされたまま、引き伸ばすことのできた
終わりを、今このときにしてしまう程の恐怖を覚えたことも。
 そして。



「……う…ぇっ…――――…っ」
   


 知らなかったのだ。
  絶対的な、真実の暴露が呼び寄せるものが。
  確かに目の前に居たはずの「女の子」との永遠の決別だとは。


 
  今このとき、ここに居るのはもう。
  あの子ではない。



 ぽろぽろと横たわったまま泣き出してしまったカカシに、自分も
涙を流しながら、イルカは今は何処にも存在しない喪われた少女の、
駆けていく幻の足音を聞いていた。





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