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  懐古調イチャパラ 2


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 テストの採点も区切り良く終えられ、頼まれ仕事も珍しく一つも
ないとイルカが気付いたのは、就業の鐘が鳴った時だった。

 なんて素晴らしい。残業なしで今日は帰れる。
「お先にしつれーしまーす」
「お、もう帰るの。イルカ先生」 
「はい。今日くらいは」
 イルカは、まだ残る先生に笑顔をふりまき、職員室の机を整理し
おえると軽い足取りで廊下にでた。

 今日はアカデミーに居残り組の生徒の影もないし、任務受付のシ
フトも入ってない。なんの憂いもない。いい日だ。早く帰って、ちょ
っと手の込んだ飯でも作ろうかな、と鼻歌もでる。

 いや、こんな日に。
 真っすぐ帰るなんてもったいないか?

 もしかするとまだ、一楽の一日限定150食のラーメン定食が残っ
ているかもしれない。――だったらせっかくだからナルトを誘って、
他の子供達も勿論一緒に誘って(まずナルトが浮かぶのは常におご
らされているせいで他意はない)食いに行ってみるのもいいな。 
 ――最近、ずっとそんな機会がなかったしなあ。
  よーし。決めた。

(今日はみんなでラーメン!)

  イルカの足は方向転換し、アカデミーの通用口ではなく、渡り廊
下の方へ向いた。任務受付所のある建物はアカデミーに隣接してい
るし、すぐそこだ。下忍の子供達は書類の提出をする上忍師にくっ
ついて頻繁にそこへくる。イルカから見て、今年のルーキーは皆よ
く担当上忍に懐いているようだった。うまく信頼関係を築けている
のは喜ばしい。

 ナルトのいる第7班は、今日は確か薬草取りだと聞いていた。
 益々一緒に受付所へ物品を提出にくる可能性は高い。
 早ければもう解散した後かもしれないが。どっちにしろ行ってリ
ストを調べた方が手間がない。運よくまだなら、そこで待っていれ
ば子供たちを捕まえることができるだろう。

  ――ラーメン定食の特製ラーメンには、煮卵がサービスで付いて
破格なんだよな。チャーハンも付いてるし。ギョウザも。

  もう長らくお目にかかってないラーメン定食に、イルカは歩きな
がら想いを馳せる。別に定食が品切れでも、子供たちとラーメンを
食べられるならば満足だ。今日は時間に余裕があるから、じっくり
話を聞いてやることもできるし。

 イルカは大のラーメン好きだが、実はとある事情から毎日ラーメ
ンを食べることが出来なかった。
  木の葉の里の名店、一楽のラーメンは絶品だ。食べれるものなら
毎日でも構わない。以前は本当にそうした時期もあった。だが、今
ではできない。
  イルカの側に、それを阻む人間がいるからだ。



「―――――という訳で、イルカ先生ってば、昔からオレのことが
大好きなのよ〜。わかったらもう解散。充分語ったげたでしょ」
「「え――――っ」」



 今のぜってー何か、はしょられたってば! なにがという訳なの
よーと若干二名の不満の声が上がる。  


 ………丁度渡り廊下横の、中庭部分のスペースに人影があり。
  イルカは聞こえてきた不穏な台詞に足をとめる。
  恐る恐る首をまわし、視線を横に向けると。
  目当ての子供三人が、その担当上忍師を囲んでそこに居た。


「結局、今の任務の話じゃないってばよ、カカシせんせー!」
「くだらねえ。聞いて損した」
「もっと地味な任務だったって言った癖に。何か延々と惚気話聞か
されただけのような気がする……」
 
  ナルト、サスケ、サクラが不平をこぼした。
 皆、アカデミー卒業時までイルカが面倒みた教え子たち。
 がっかり、と顔に書いた子供たちにカカシは無駄に胸を張って言
う。

「何言ってんの、お前ら。拘束期間一年に渡る他国への潜伏任務よ。
この上なーく地味ーでしょ」
「どこがっ?」
「なんかすっごい楽しそうだったってば!」
「説得力がない」
 最後に吐かれた言い草に、上忍は頭を掻いた。
「あのな、サスケ。オレは毎夜、夜陰に紛れてキツイ諜報活動して、
昼はただじーっとうちに閉じこもってたんだぞ」
「嘘つけ」
「カカシ先生、陽があるうちは寝てたんじゃない!」
「先生寝過ぎだってばよ?」
 子供たちは軽蔑の眼で上忍を一旦見据え、仲間と呟きあう。
「Aランク任務、しかも特Aだったって自分で言ったな」
「しかも5歳からって言ったってば」
「下忍でAランクっていうのも凄いけどね……」
「Aランクの何処が地味だ」
「カカシ先生ばっか、一年もずりぃってばよー…っ」
 地面に座り込んでいたナルトが手足をじたばたさせて、秋の落ち
葉の名残が、カサカサ音を立てた。

 口々に文句たらたらの足元の子供達に、カカシは目を眇め、庭石
に腰掛けて一段高い場所から口を開く。

「お前らね、あんまり文句が多いと、オレとイルカせんせの結婚式
呼んだげないよー?」
「え。すんの! 結婚!?」
 ナルトが跳ね起きた。
「馬鹿か。本気にするな、ナルト」
 舌打ちしてナルトの襟首を掴むサスケと、呆れ顔で嘆息するサク
ラ。
「……カカシ先生がイルカ先生のこと大好きなのは知ってますけど。
法律上無理だと思います」

 賢い紅一点の突っ込みに、カカシは片目で微笑む。

「ん? 物知りのサクラも知らなかったかー。じゃあ覚えておけ。
おまえの恋のライバルはアスマのトコの、いのだけに非ずだ」
「え…?」
「実はちゃんと特例措置というものがあるんだよね。条件は厳しい
けど里長権限で男同士でも法律上も結婚可能なの。だからな、オレ
とイルカ先生は今アツアツの婚約期間中なのよ?」



「「「え――――――っ!!!!」」」



 絶句したサスケを除くのに、何故か辺りに響き渡る三人分の悲鳴。
  サクラ、ナルト、そして―――血相を変えたうみのイルカ当人。
 イルカは肩を怒らせ上忍に突進した。



「カカシさんっ!! あんた一体オレの生徒にどんな話してんですか
!」


 イルカは中忍の分際で上忍の襟首掴んでブンブンと振り回す。
 カカシは無抵抗の姿で応じた。


「イルカせんせ、こいつらはもうアナタの生徒じゃありませんよ?
私の部下でーす」
「そんな古い話してんじゃないっ。ああああんた、今…っ!?」
「ん? イルカ先生と婚約してるって言っちゃいましたー」
「ぎゃ――――っ!!! 幻聴じゃなかったのか――――っ!!!」


 ショックのあまり、勢い余ってイルカは背負い投げを決めた。 
  一本、と主審の判定がくだる前に、地面に投げ落とされ土を付け
た筈の上忍の姿が、ボフっと煙を立てて丸太に変わる。

 変わり身と入れ替わりノーダメージの本体が、イルカの背後から
お返しと言わんばかりに、おんぶお化けのようにしがみついた。そ
の実態はお化けよりもタチが悪い。
 カカシはぎゅうっと中忍の首に腕をまわして訴えた。

「イルカせんせい、ひどい。どうせいつかは公表するんだし、いい
じゃない、言ったって」
「公表なんてごめんですっ! そんなことしたら皆に特例措置の事
情から説明を求められるに決まってます! そしたらアンタは恥も
外聞もなく、出会いから何から、は…恥とか恥とか葬り去りたい過
去をぺラペラと吹聴するに決まって――」
「うわー。先生とオレ以心伝心ですね! 勿論しますとも!」
「それは以心伝心じゃありませんっ!」
「オレもねえ、さすがに子供らには18歳未満お断りのイチャパラ
部分はしょって聞かせたけど、大人にはもうノーカットで聞かせま
くるよ? 特にオレのいとけない体の官能の扉を5歳にして開いた
イルカ先生のいけない恥じらいを拡大悩殺エディッションで!」
「それが恥だから嫌だってんだ――――ッ!!」


 イルカは巻きつく上忍の両手をひっぺがし、相手の首をとると容
赦なしギリギリ締め上げる。


  うみのイルカ。現在不本意ながら、はたけカカシの恋人だ。
  もっというならば婚約者。それはあながち嘘ではなかった。
  結婚の約束があり、本当に存在する特例措置の書面。
  たとえその約束が時効になりそうな昔の口約束であろうとも。
  夫婦になる、と誓った事実は消えやしない。
  カカシは、約20年ぶりに現れたイルカの昔馴染みであり、思い
出すだけで胃がキリキリと痛む思い出しかもたらさない初恋の相手
だった。
 ―――しかも、すごい大嘘つきの。



「イルカせんせー。カンノウの扉ってなんだってばよ?」
 向けられた純粋な疑問符に、イルカの手はギクリと動きをとめた。
  一瞬すっかりその存在を忘れてた三人の子供たち。
  ――ナルトはいい。単純明快なナルトには知ってるのに知らない
振りは不可能で、この様子だと意味なんかわかってない。
  だが、残る二人の聡い子供らは、怪訝そうに、こちらの様子を穴
があくほど見ている。
(うう、視線が痛い…)
 イルカは賢明にもナルトへの解説は無視して、こわばった笑顔で
尋ね返した。

「………このひとからどこまで聞いた?」
「カカシ先生と結婚で婚約なんだってばよ?」
「他には、何か聞いたのか!」
「一緒に暮らしてるってばよ。ラブラブだから」
「ほ、他には…?」
「ごはんはイルカ先生作ってるってばよ。ラブラブだから」

 カカシにどういう吹き込まれ方をしたものか、最後に必ずラブラ
ブの注釈がついている。

「ほ、他に…」
「小さいころからふたりはラブラブだってばよ!」
「それどこまで聞いたナルトーっ!」
 核心に肉迫したところでイルカは上忍を背後にポイして、ナルト
の方に詰め寄った。

「え、えーと?」
 そんなことを突然問われても。
 単純なオツムは与えられた情報も単純化してしまうため、詳細の
説明を求められても困ってしまう。腕組みをし、思い出そうと唸る
ナルトにサクラが助け舟をだした。

「最初は、与えられた任務が地味だってナルトがぼやいて。そした
らカカシ先生が、自分はもっと小さい下忍の頃に、ずっと地味な任
務に耐えたよって言ったのよ」
「そうそう! んで、どんな任務だったか教えてくれたんだってば」

 ナルトがキラキラした顔でイルカを見上げた。
  これなら大丈夫か、とイルカは一応胸を撫でおろす。

「ナルト。どんな内容の任務って言ってたんだ?」
「自分の先生とふたりで、他国への長期潜入任務!」
「………それだけだな?」
「そんで、イルカ先生は、そのとき女装したカカシ先生と許されな
い恋におちたってばよ!」


 意味のわかってないナルトの元気よく返ってきた返事に、イルカ
は鬼の形相で後ろを振り返る。 



「あんた自分の部下なら何言ってもいいと思ってんのか―――っ!!」



 怒声と共にハイキック。
  ばっちり顎に入ったが。やっぱりまた変わり身の術だった。







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