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  懐古調イチャパラ 3


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「結婚? お嫁さん?」



 ―――暗示がキレイに解けてしまったこと。そして、偽った性別
がイルカにバレてしまったことをカカシは報告した。

 事情の全てを夜半になり帰宅した先生――四代目の正式襲名披露
を控えた己の上忍師に話すと、先生は珍しくうろたえ、目を白黒と
させて。
 しばらく呆然と固まっていたが、その状態を脱しても困ったよう
に眉根は寄せたままだった。

「――暗示が解けたのは、もう必要ないから別にいいよ、カカシ」

 四代目はまずそう言って、カカシの額を小突いた。  

「うみのさんとこのイルカくんにバレたのも、あの子は同里の子だ
から咎めるほどのことじゃない。ただ、ただねー、結婚の約束って
いうのは……」
「好きだからあの子と夫婦になりたい」

  カカシは真剣にそう言うが。
 四代目は複雑そうな顔付きで、それは無理だって知ってる筈だよ
とカカシの言い分を大人として一蹴する。

「…うーん。先生がカカシにかけた暗示、完璧すぎたのかなあ。確
かに女の子としての意識が作られるようには操作したけど、めくら
まし用だったし、任務に支障がないようにちゃんと、作り物だって
いう自覚は、」
「あった」
「――だよねえ」

  間髪入れず返った肯定に、ますます困惑を深めた様子で、四代目
は肩を落とした。
 これから遂行する任務のために、装束を一般人から忍びのものに
改めながら頭を抱えるようにして呻く。

「――自分が嘘っこの女の子だってちゃんとわかってたよねえ。な
のに、何でイルカくんとそういう暴走を……その年で致しちゃうか
なぁ……」
「だって。わかってても突っ走っちゃうのが恋だって、先生の師匠
が本に書いてるでしょ?」
「だめだよカカシ。イチャパラは18歳になってから!」
「だったら娘の目につくとこにおかないでね。おとうさん」

 目に入れても痛くない病弱な愛娘だった筈のカカシは、今や着物
ではなく暗器をしこたま隠し持った忍びの姿で、その小さな肩をそ
びやかす。
 その様子に四代目は派手に嘆息した。

「先生は可愛い娘を持つのが夢だったのに、可愛くないよ……」

 せっかくこの一年蝶よ花よと丹精したのに台なし、と四代目がい
じけるとカカシは小さく笑うだけだった。
「嘘ばっかり。オレに女装させたの、単に里の財政難のせいじゃな
い」
「ま。それもあるんだけどね」
  娘が欲しかったのも本当だよ? と、一大軍事力の頂点に立とう
としている青年は、悪びれずに頷いた。
 そして、教え子の聡さに半ば呆れて感心していた。
 特に理由を説明はしなかったのだが、さすがに5歳でAランク任
務に就けることができる忍びは、情勢を読み、状況を正確に把握で
きる認識力に優れている。今度の任務は女の子に化けてもらうから、
と最初に告げたときですら、カカシは何の感慨も見せずに従った。
 忍びとして出来が良すぎて怖いくらいである。




  ――木の葉の里が今、苦しい時期にあるのは忍びなら承知のこと
だった。大戦による戦渦の爪痕が著しく、復興の為の厳しい財政状
況がまだまだ続いている。
 収入はいくらあっても追いつかない。まだまだ足りず、動けるも
のは皆総出で任務にあたっている。
  カカシと四代目、二人で就いた任務は、内容が多岐に渉る大変な
ものだった。他国での諜報活動、そして依頼主である家老と大名の
警護、家老の政敵暗殺、それが放った間諜の始末。その者らに煽動
された家来の炙り出しの為の暗躍、など。
 小国ながら豊かな金鉱脈を有する国の中枢からの依頼だ。年単位
の拘束を要する依頼料は破格で、特に必要経費には糸目はつけない
と言われ、木の葉は燃えた。稼ぐ良いチャンスだったのだ。


 そのため任務遂行人員を必要最小限よりもさらに減らし、少数精
鋭で現地へ投入。
  その数じつにたったの二名。
  そして、以前から其処で長く諜報活動に就いていた夫婦ものの木
の葉の忍びと合流した。彼らは姓をうみのといい、両名とも中忍だっ
たが腕は立った。

  役割を、四人で代わる代わる分担した。それぞれを、うみの夫妻
とカカシと四代目で。そして一年が過ぎた。
  ―――カカシが娘とされたのは、必要経費の為だった。
  名目はよそ者が疑われず市井に溶け込むための偽装工作。
  ちら見せされる病弱な愛娘と、買い込まれる品々は世間を黙らせ
る。
  そして、とっかえひっかえ誂えられた豪華な衣装も帯も高価な帯
留めも。
 必要経費の一言で、カカシの――ひいては里のもの。
  晴れ着は洗い張り替えして使うもよし、売り飛ばすもよし。
  ちなみに屋敷はさすがに借りたが、家の中の家具調度品はすべて
黒檀漆塗りで必要経費に計上して総入れ替えした。それらを売り払
う算段はとっくにしてある。
 

 そんな調子で一年を費やした任務も、今宵終わりを告げる。この
夜で全てケリがつく予定だった。雑魚の始末をこれから行って、明
日には、四代目とカカシは木の葉の里に帰る。
 ――うみの夫妻も、近々里へ戻ることをカカシは承知していた。
  イルカの存在があるからだ。
 木の葉以外の土地で設けられた子供だが、両親が里に帰属する忍
びなのだから、イルカも木の葉の子には違いない。それがもう五つ
だ。そろそろアカデミーへの入学を考えても早すぎない年齢に差し
かかっている。帰還は近いうちに必ず決まる。


 ――イルカ。元気で活発な、お隣の家のこども。
  初めて見たときから、大好きだった。
  忍びの里のことを何も知らずに育てられ、イルカはどこから見て
も普通の家の、普通の子供だった。
  そんなイルカから無邪気な好意を贈られて、嫌えやしない。

  それに、カカシはその時「女の子」だった。

 どうせやるならば完璧がモットーの四代目がカカシに施した暗示
は、カカシを偽った性別のまま淡い初恋に落とした。
  もちろん自分が本当は女の子なんかではないという自覚は常にあっ
た。それでも、それを無視したくなったのは―――
 イルカの初恋の少女として振る舞うこと。
 閉じられた小さな小部屋のなかで逢瀬を重ねること。
 それが欺瞞であっても、仮初めだと知っていても楽しかったから
だ。

  ――人を殺傷するクナイを手放し、きれいな着物を着た無力な子
供の振りをする。
 ――子供らしい無邪気なイルカと、子供らしい幼稚な遊びをする。

  その時だけは自分が血なまぐさい世界の住人であることを、あの
子の笑顔が遠くしてくれた。錯覚だけど、それは仄かに暖かなやさ
しい嘘だった。

  ――すきだ。ずっとイルカと一緒にいたい。
 そう思うのは自然なことだった。抱いた願いは「女の子」の自分
ならいとも簡単に叶う。それが嬉しくてならなかった。
  決してなれる筈もないのに、果てはお嫁さんにしてとねだりさえ
した。
 
  何の迷いもなく承知してくれたイルカに、暗示のせいで狂った回
路がカカシをもっとおかしくした。半ば本気で、イルカと結ばれる
未来を夢にみた。馬鹿な夢だ。愚かな妄想だと分かっていても、一
途に夢をみた。
  その夢が覚めてしまった今でも、まだイルカのことが好きだ。
  根付いた恋心だけは本物だったが、イルカの初恋の少女という幻
は完全に消滅してしまっている。
  ―――あとに残ったのは忍びのカカシの恋だけだ。


 イルカは泣きながら家に帰ってしまった。
 傷つけたことは確かで、その後を追うことはできなかった。
 だって知ってる。素直なイルカは分かりやすくて、幼いなりの恋
慕の情を抱いてくれていた。イルカの唐突な幕引も、好いてくれて
いたからだと知ってる。男のカカシではイルカのお嫁にはなれない。
一番確実に側にいられる手段がとれない。多分、嘘そのものよりも、
その事実の方がイルカにはショックだったのだろう。
  だからカカシは考えた。

(現実的な解決策を講じてからでないと、迂闊には逢えない)

 イルカを引き留めるのも、慰めを口にするのも、許しを請うこと
も。確かに簡単だったが、そうはしたくなかった。それはイルカの
傷を撫ではしても塞ぐものじゃない。

(男でもお嫁になれたら問題はなかったのに)

  残念ながら、里の婚姻に関する法律は、火の国のそれと大差はな
く、同性間の結婚を認めていない。里の立法を司るのは里長である
火影だが、必要性が証明されない限り、もちろん許可したりはしな
いだろう。四代目とは師弟の絆があっても、里の頂点に立つものが、
私情に流されてカカシを特別扱いはしてくれない。


 
 
 
  ―――だったら取引すればいい、とカカシは結論に達した。

 里は、復興財源に困窮している。





「先生、オレ今回の任務報酬、里にあげる」
「――カカシ?」
「今回だけじゃないよ。これから三年、こき使われてもタダ働きで
いい。オレは稼ぐよ。それ全部里にあげる」
 
  真剣な眼差しで、宣誓するようにカカシは言った。
  その言葉に四代目は支度の手をとめて、まじまじとカカシの顔を
見返した。
「カカシ」
「ハイ」
「大金だよ?」
 噛んで言い含める言い方だった。
  何を自分が口にしたのか、理解してるのかと。

「下忍のカカシは、上忍の先生よりも基本の手当がうんと下がるけ
ど、今回のは高ランク任務だったからね。それでも凄い額だよ?
ちゃんとわかって言ってる?」
「ハイ」
「……プラス、これから三年分の報酬。下忍のままでも、確かにカ
カシは稼ぐだろうね。もし中忍にでも昇格したら、もっと額は跳ね
上がるし」

 そこまで言うと四代目は考え込み――厳しい忍びの顔付きで、感
心しないな、と述べた。

「カカシが可愛い教え子でも特別扱いはできないよね。それを理解
してるからこそ代償を持ち出したのは、賢いと思う。確かに、里は
今困ってるからカカシが、三…いや丸四年分ただ働きしてくれたら、
助かりはするよ? 金額的には立派に取引の材料に値すると思う」


  比較的人道的な木の葉は不当な搾取はしていない。
 そして里は本当に、早い復興を希求している。
  くれるモノは、素直にありがたいのだ。
  ―――けれど。


「だめ?」
「取引条件が、結婚ならダメだね」
 四代目は答え、懐中時計を取り出して時刻を確認すると、先に下
足を履いた。 
「先生」
「カカシ、お金で里の決まりを勝手に変える訳にはいかないよ。そ
れは三代目に尋くまでもなく、実質はもう火影であるオレも許す訳
にはいかない。悪い前例になるだけだから」
「――大金を積めば、法律を好き勝手できるって言わせなきゃいい
んでしょう?」


 背後に立ったまま、小さな忍びは言った。
  四代目は肩越しに振り返り、淡々と応じる。


「でも、カカシが望んでるのはそういうことだよ。――だから先生
は、感心しない」


  ―――感心できない。
  いくらカカシが一人前の忍びとして立つ子供だからとて。まだ六
つの教え子が金銭で里を相手に取引を望むことも。
 命を張る仕事で稼いだ金を、すべて里に返還するという話も。
 その代償に見合った代価など里は、カカシに払ってやれない。
 だから諦めなさいと諭す声をカカシは予期していたかのように、
まっすぐ師の顔を見詰め返し口元を綻ばせた。




「だったら――先生、好きなだけ厳しい条件付けていいよ?」





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 4へ続く(別窓ですので閉じてお戻りください)

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